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月うさぎー出会い

作者: 小沢とも

月の細い、春の夜だった。

大地は帰りの遅い両親を待ちわびて、2階の自分の部屋の窓から外を眺めていた。

両親の帰りが遅い夜、幼稚園の頃は近所の友達の家に預かってもらっていたが、小学生になってからはこうして1人で留守番している。

「早く来ないかなぁ」

留守番には、なかなか慣れない。気を緩めると、色んな不安が心に広がって涙が出そうになってくる。

グッと不安を押し込めたのと、窓の外にバサッと何かが落ちたのは、ほぼ同時だった。大地はビクッとして寄りかかっていた窓から身を起こす。

…なんだろう。一瞬、目の端に映ったのは、黄色くて丸っぽいものだったが。

恐怖よりも好奇心の方が優って、恐る恐る窓へと身を戻し、そっと外を覗き見た。と、同時に、窓の向こうにも黒い目が2つ。

「うわっ!」

今度は声を上げて、後ろに尻もちをついてしまった。黄色いふわふわに、黒い2つの目。長い耳は…ウサギだろうか。

その、黄色くて丸いウサギのような生き物が、大地と真っ直ぐに目を合わせたままトントントン!と窓を叩いている。勢い的には「ドンドンドン!」だが、ふわふわした毛に覆われた手では、なかなか大きな音は出ない。

「開けて開けて!寒いから!」

ウサギがドアを叩いている。その上、言葉を喋っている。色んな疑問が吹き出そうになったが、それよりも切迫感あふれるウサギの言葉に従うことを、大地は選んだ。

大地が窓を開けると、ためらいなくウサギが部屋の中に飛び込んで来る。そのまままっすぐ、大地のベッドに向かってピョンピョン跳ねて行き、そこにあった毛布に包まった。

「あー、寒かった。あ、もう閉めていいよ。寒いから」

ベッドの上から、ウサギが当然のように話しかけてくる。大地は慌てて窓を閉めてから、もう一度、ウサギを振り返った。

「ウサギ?…だよね?」

黄色い…と言うか、クリーム色のような不思議な色だし、全体的に丸っこいし、何より喋るが、大地の知ってる生き物の中で一番近いのは、やはりウサギだ。

「うん、まぁね。ウサギだけど。地球のウサギとは違うよ。あっちから来た」

窓の外を指差す。その方向を大地は覗き込んでみたが、特に何も見当たらない。腑に落ちない表情の大地に、「だからー」とウサギが続ける。

「お月さま」

「お月さま?」

「そ。僕は月のウサギ、ルウ。本当は兄さん達みたいに舟で上手に出てくるはずだったんだけどさ。今日の月って細すぎるだろ?失敗して落ちちゃったよ」

はー、やれやれ、とウサギは首を横に振った。大地が窓越しに夜空を見上げると、細い月が目に入る。爪で引っ掻いたような、本当に細い月だった。

「あそこから来たの?」

「うん。しかも兄さん達とはぐれちゃったし、やたら寒いし。どうしようかなぁ、と思ってたら、キミが呼んでくれたんだ。助かったなぁ」

「呼んだ?僕が」

ビックリして、大地は月のウサギ…ルウの目を見返した。

「早くおいでってさ。僕、地球人には見えないことが多いから。早めに僕が見えるキミが呼んでくれて助かったよ」

ありがとね、と軽い口調でルウが言う。

「…みんなにはルウが見えないの?」

「まぁ、見えないだろうね。僕らの姿を見るには特別な力が必要なんだ。ユメミルチカラって言うの」

「ユメミル、チカラ?」

大地は何度か目を瞬かせる。

「そ。こっちの世界ではゲンジツノチカラが強いから、なかなかねぇ」

ため息をついて見せるルウは、どこか演技がかっていて、可愛らしい見た目とのギャップが面白かった。

「珍しいよ、キミぐらいの地球人で僕が見えるの。もっと小さいのには、たまに見つかるんだけどね。大人に『ウサギがしゃべってる〜』とか言うだろ?でも、ハイハイって言われておしまい。どこに?とか、いないじゃないの!…なんて怒られてるのを見たりすると、申し訳なくてねぇ。なるべく早めに撤収するようにしてるんだ」

「なんか…ごめんね」

苦労している様子のルウに、大地は思わず謝ってしまう。

ユメミルチカラがどんな力なのか、大地にも何となく分かる。1人で家にいる時間の多い大地は、本やゲームに飽きると色んなことを想像して、その想像の世界で遊ぶのが好きだった。きっと、その想像力がユメミルチカラの原動力になっているのだ。

「いいって。キミが気にすることじゃないから。…あ、でも、その代わりにさ」

良いこと思いついた、というようにイタズラっぽい表情で目をクルリと回してから。

「キミの家に僕を置いてくれない?兄さんたちが僕を見つけて迎えに来てくれるまででいいからさ」

「ルウを?僕の家に?」

無理だよ、と答えるよりも先に、ルウがこの家にいる想像が大地の心に広がった。それは、とても暖かな想像だった。両親の帰りが遅い夜も、きっともう怖くない。しかも、ルウの姿は親には見えないと言うのだから、何の問題もないように思われた。

「もちろん、いいよ」

大地の声が、初めて困惑を抜けて明るく響いた。

「僕は地球の人間、ダイチ。よろしくね」

ルウの自己紹介に倣って、大地もルウに自分の名前を教えた。ルウはピョン!とベッドの上から降りて、大地の前まで跳ねて来ると、片方の手を前に差し出した。

「よろしく、ダイチ。地球式の挨拶、してみたかったんだよね」

握手、とルウに言われて、大地もルウの前にそっと手を差し出した。フワリと握ったルウの手は、毛並みから想像していたよりもひんやりと冷たくて、それは夜空に浮かぶ月のような、温かな冷たさだった。

大地の心に染み込む、優しい温度だった。

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