ある町の、ある男の投身。
雑踏を俯瞰してどれくらいだろうか
覚悟はできているのに足が一歩分言う事を聞かない
心と体はもう分離していて思うように動かない
自分すらどこから俯瞰しているような
そんな『僕』は一体何者なんだ
わからないわからない
足を一歩分前に出せばそれだけですべてが終わるというのに
どうしてこうも頑固なんだ、長年連れ添った仲じゃないか
必死の説得に応じずひたすら沈黙を守った足を殴ろうと手を動かすが
手すらも動かない
四肢は沈黙という名のボイコットを続け自分を前には進めてくれない
ふと携帯が震える、どうやらメールが来たようだ
すると嘘のように手はスムーズに動き手慣れた動作で文面を見た
「どこにいるの?会いたい」
心は冷え切っている
着信は続く
「ねえ、どこにいるの」
心は凍っている
着信は止まない
「返事くらいしてよ」
心は止まったままだ
着信は鳴りやまない
「ねえってば!」
心が割れる音がした
気にしないでほしい、見ないでほしい、居ないでほしい、一人にしてほしい
手の力が抜け携帯はこぼれ落ちた
地球に惹かれ、愛し合う者同士は地面と強く激突した
雑踏は悲鳴に変わり悲鳴は急速に速度を増す
幾らかが下から見上げている
「誰かいるぞ!」「警察を呼べ!」
悲鳴と怒号を溶かして混ぜたポタージュに似た何かを見下ろしていた
もうすぐ迎えが来るのだろう
どちらの迎えが早いかは明確だ
どちらが救いかは明確だ
「もう、いいだろ?」
「十分だよ」
足は沈黙を破った