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きみの黄泉路に花はない2  作者: 味醂味林檎
第一幕 トワイライト・ダスクロウ
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第五話

 何から話せばいいものかしら、とカッサンドラは呟いた。結局は、思いついた順に、極力時系列に沿って話をすることになった。

「あたくしはかねてより手元を離れた石の行方を追っていたわ。その中でいつも想像していた――あの石が、たとえば自動人形のような、魔宝石を炉とする道具に使われたら。あるいは、そうした道具が石に取り込まれてしまったなら、一体どのような影響が現れるのか?」

 それはアウルたちが知っていることだ。ナルシスイセンは紅い月の影響を受けて強い力を得たけれど、同時に元から歪んでいた心をさらに狂わせ、蝕まれて怪物になった。カッサンドラも同じ想像をしていたのだろう、ゆえに行方のわからなくなった石を探していた。

「けれど、紅い月のことを表沙汰にして、無駄に騒ぎを大きくして混乱を招くわけにはいかない。だから秘密裏に研究を進める必要があったのだけれど、最初に協力してくれていた研究者は寿命で死んでしまったわ。そこであたくしは、今から一年ほど前、王国軍で注目を浴びていた若い研究者――クラフト・クレー技術少尉に目をつけ、彼に調べさせることにしたのよ」

 つまり生前のダスクロウね、とカッサンドラは言った。

(クラフトが紅い月のことを知ってたのはそれか)

 メグもクラフトがどこからそのことを知ったのかまでは把握していなかったが、持ち主であったカッサンドラ自身がそれを告げたというなら納得だ。

 しかし、それでも重要な機密事項として扱われてもおかしくないはずの話だ。ダスクロウを見やると「許可はちゃんと取ったんだよ」と言った。

「俺は研究を進める中で、俺だけではどうにもならないことも出てくるだろうと思った。ナルシスイセンが紅い月を所有しているんじゃないかってことは予想がついたけど、ちょうど戦争のこともあったし、万が一に備えて遺書ってやつを書いたわけさ。メグもアウルくんも上手いことやってくれたみたいで良かった良かった。終わり良ければ総て良し」

「そんなおおらかな感じでいいんだ……」

「少なくとも、あたくしはエストレ家が主導であるなら問題はないと判断したわ。最近は周りがうるさいから、片付けが忙しかったこともある。任せられる仕事は他の人に任せてしまったほうが、あたくしはあたくしにしかできない仕事に集中できるというものよ」

 そんなものだろうか。確かに、紅い月を発見したのはエストレ商会であり、そういった事情を把握しているのだから全く何も知らない者たちにやらせるよりは幾ばくかましなのは事実であろう。紅い月のほとんどは回収できなかったが、それでもその暴走を食い止めるという点においては、メグの立ちまわりは必須であった。彼女のバックアップがあってこそ、アウルたちはナルシスイセンに挑めたのだから。

「エストレ家が紅い月のことを報告してくれたおかげで、あらかた片付いたものかと思ったけど――調査を進める中で、紅い月が割られていたことが発覚したわ。他にも石が残っているなら、あたくしは石の本来の持ち主として、責を負わねばならない。クラフト・クレーは死霊術を駆使してダスクロウと蘇り、紅い月の始末をつけるためあたくしの手先として働いてくれているの」

「死んでもお仕えすると約束してましたからね」

「どうせ生き返るだなんて何をほざいているのかと思っていたけど、お前の忠誠心や魔術の腕前を評価すべきか、どうしたらいいものかしらね……」

 カッサンドラはダスクロウを胡乱な目つきで見やる。まさか本当に生き返るとは、とでも言いたげだ。才能あってこその魔術には違いないが、その過程で人であることを捨てている辺りが人としては信じがたい部分である。アウルもその点は共感するところである。

「無論、人が生き返るなんて魔術は禁術に指定すべきものだし、成功例があることが世間に知られるわけにはいかないわ、紅い月以上にね。だからダスクロウには極力正体を晒さないようにと言い含めていたの」

 成る程、それならばダスクロウはアウルたちに何も言えないはずだ。クラフトが死霊術を研究している魔術師だと最初から把握していたのなら、あまり難しい魔術については以前から大っぴらにしないよう忠告していたことだろう。アウルやメグに黙って行方を晦ませたのはそういう理由なのだ。

「今も軍の人には内緒のままだよ。俺が生き返ったって知ったら混乱するだろうし、あと怒られそうだし」

 その言い分はいかがなものか。

 とはいえクラフトが生き返ることを隠し通せたことはある意味奇跡的かもしれない。元々死に対してとりわけ強い興味を示し、親類にさえ気味悪がられていた彼だ。仲間を守って名誉の戦死を遂げたとして英雄になったのは果たして良かったのか悪かったのか。

「アウルくんたちに見つかったのはある意味ラッキーというか、ちょうどよかったよね。紅い月を放っておいたらまずいってわかってる相手だ」

 それはそうだ。ナルシスイセン相手に苦労したことはまだ忘れていない。その危険性も重々承知だ。

 アウルがナイトオウルを見ると「私はアウル殿に従います」と言った。ダスクロウのことを気にかけながらも今の持ち主であるアウルの意志を優先してくれる辺り、ナイトオウルはやさしい。

「僕とナイトオウルは、できる限りのことならお手伝いしますけど……でも、先生やメグにも話さないと」

 少なくともアウルは、探偵であるアーロンに隠し事などできる気がしないし、親しい友であるメグにも内緒にしたままでいられるとは思えなかった。探偵の助手としては情けない話なのかもしれないが、秘密にできないものはできないし、紅い月に理解のある人たちであるのは間違いない。人手が増えればその分効率もよくなるというものだろう。

 カッサンドラはアーロンのことも元軍医だと覚えていて、メグのこともエストレ家の世継ぎだとわかっていた。ならば良いでしょう、と彼女は言った。

「お前たちがそれで手伝ってくれるというなら許可します。元々、都合の良い人が現れたら手伝いを頼むつもりはあったのよ。ただ不特定の人には話せることではないから、主に一部の警察のメンバーくらいしか使えなかったのだけど……お前たちが現れてくれたのは幸運だったわ」

 それからお前はどうするのかしら、と問いかけられたジゼルは「無論、わたくしにできることであるなら何でもいたします」と返事をした。ジゼルは魔王の命令ならば従う姿勢であるようだ。だが彼女もこの場で聞かねばならないことがある。

「ギアスピード・ギアクセルも紅い月に関係しているのでしょうか」

 ギアクセルについての情報も握っていると言ったのはダスクロウだが、その詳細はまだ聞いていない。カッサンドラは「あなたが望む情報ではないかもしれない」と前置きしたうえで語る。

「最近あたくしたちが紅い月を追う中で、最後に所有者となった人に行きついたわ。その人は、紅い月を他の誰かに盗まれている」

「それがギアクセルと関係があるのでしょうか……」

「最後の所有者から紅い月が盗まれてから間もなく、ある人形たちが組織的に犯罪を起こすようになった。ギアクセルの事件は、もしかすれば、彼らが真犯人であるかもしれないという疑いが上がっている。ギアクセルは冤罪であったのではないか、という疑惑よ」

「それは本当ですか」

「疑惑が出てきたというだけで、残念ながら、真犯人が噂の犯罪集団であるという確定的な証拠はないわ。ギアクセルがやっていないという証拠もない――けれど、何ならギアクセルに対する解体命令はあたくしの名を持って取り消させることができる。裁判のやり直しをさせることができる。あたくしにはその権力がある」

 真実に辿り着くためにも、励んでくれるわね――そう囁かれれば、ジゼルは頷くだけだ。敬愛する魔王に尽くすことと自らの目的を果たすことが同時に可能となるのだから。

「私からも質問がございます」

「ナイトオウル……何かしら。答えられることなら答えるけれど」

「噂の犯罪集団というのは、どのような連中なのでしょう。同じ人形の身として聞いておきたいのです。不埒者に対する警戒が必要ですから」

 アウルもジゼルも同じ質問をしたいと思ったところだった。今後の調査では重要な情報になるかもしれない。

「彼らは自分たちのことを『月食み』と呼んでいるわ」

「月食み……」

「以前話題になったナルシスイセンのように魔宝石をよく狙っているようだけれど、それ以外の魔術品なんかも盗みの対象にしている。数がやたら多いことと、リーダー格の人形以外はろくに思考能力を持っていないというのが特徴かしらね」

「思考能力を持っていない?」

 何やら奇妙な言葉が聞こえて、アウルは思わず聞き返した。自動人形というのは人に寄り添う道具であるために心を持つ存在だ。だからこその自動人形であるのに、思考能力がないとはどういうことか。

「考える必要がないからよ。自動人形(オートマター)というよりは操り人形(ゴーレム)に近いものだわ。これまでの調査で、月食みの構成員の多くが、先日行方不明になったからと捜索願が出されていたさる貴族の持ち物であるらしいということがわかっている。彼が持っていた人形の多くは、音楽隊で楽器を奏でるためだけのものだということも判明しているわ」

 アウルとナイトオウルは顔を見合わせた。ちょうどそのような事件記録を読んだ覚えがある。人形の行方不明事件――その事件記録の日付は、今から二か月半前だった。ギアクセルの事件が報道される半月前だ。

「恐らく、時期的なものを考えると、彼らが紅い月を所有している可能性が高い。ならばあたくしたちは彼らの調査を続ける必要がある。警察の観点からは見つけられないような情報があるかもしれないし、お前たちには期待しているわよ」

 にっこりと、カッサンドラは笑った。気が付けば気安く話していたけれど、やはり女王らしい威厳がそこにはあった。




◆◆◆




 わかったことがあればいつでもおいでなさい、と特別の許可証を与えられて、アウルたちは城から帰された。ジゼルを送るためにダスクロウがエスコートを申し出たが、彼女はそれを断った。

「これでも自分の身は自分で守れる。それより、あんた、他に行くところがあるだろ」

「行くところ……」

「その、メグって子は友達なんだろう? 陛下の許可もあることだし、ちゃんと挨拶してくるんだよ。男なら女の子を泣かせたまんま放っといちゃいけないよ」

 ジゼルに突き放されたダスクロウは、おろおろしながらアウルたちを見た。表情がないくせに随分感情豊かに見えるのがあまりクラフトらしくなくて面白いが、だからといってアウルもナイトオウルも援護してやる気は起きなかった。心配をかけられたのは、自分たちも同じなのだ。

「メグのところ行こう」




 エストレ邸でアウルたちを迎え入れてくれたメグは、ダスクロウの真実を知って彼に平手打ちをした。ばしんと良い音がする。良い音はしたが、恐らくダメージが大きいのはメグのほうだ。ナイトオウルは彼女を案じて「お怪我はありませんか」と様子を窺う。

「いいわよ、平気よ、私がやりたくてやったのよ……」

 メグは平手打ちに使った右手を空いた左手でさすりながら、珍しく語気を荒げて言った。

「殴った私のほうが痛いなんてどうかしてるわ! あなたびくともしないじゃないの!」

「そりゃあ俺の身体は鋼鉄製だから……」

「何よ! 私の涙返しなさいよ! ばか! あんぽんたん! ばか!」

「メグってあんまり喧嘩の語彙力はないんだね」

「きみそこでそういう火に油注ぐようなこと言う?」

 だが親しみがあるからこそできる会話でもある。メグは思いつく限りの――おおよそ可愛らしい言葉がほとんどだったが――罵倒を喚き散らした後、怒りを維持するのに疲れたのか大きく溜息をついた。

「ちゃんと戦場から戻ってきたのね」

「うん、まあね。やることは色々あるけど」

「今だけはおかえりって言ってあげる」

 もう心臓に悪いことはやめなさいよ、とメグは言った。その顔は、アウルがよく知る、いつもの勝気で可愛いメグだった。

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