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きみの黄泉路に花はない2  作者: 味醂味林檎
第一幕 トワイライト・ダスクロウ
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第四話

 王都で最も絢爛な場所――それが王城というものである。

 城門の番をしていた兵士たちは、ダスクロウの姿を認めて門を開けた。アウルたちはダスクロウについていくだけだが、正装した貴族や軍人たちの視線が気にかかって仕方がない。普段着で人形探しをしていただけのアウルたちはこの場においては異質であった。

 ダスクロウは全く気にした様子はない。曰く「気にするだけ無駄」とのことである。まずダスクロウ自身が人目を引くのだ。

「俺も結構目立つほうっぽいからなあ。折角地味めに黒い身体にしたのになあ」

「きみ地味の意味わかってる?」

 少なくとも自動人形――それも人と同じように動き話す出来のいい人形が、注目されないはずがないのだ。本来ならば飾り物、嗜好品であるはずの人形だ。いくら地味だと言い張ろうとも、それなりにクラフトの嗜好がデザインに反映されている以上、決して見苦しいものではなくむしろそれなりの『良さ』がある。

「あんたたち、本当に仲良しなんだね……」

 ジゼルが言う。彼女からしてみれば、人が人の身体を捨てて人形になったなどといわれてもピンとこない話であったはずだ。けれど現実にアウルやナイトオウルはダスクロウとクラフトを同じ存在と認識できている。人形は通常人に従う道具だが、ダスクロウはあまりそういう態度を取らない――まさに人と変わらない。ジゼルにとっては、アウルたちが感じるのとはまた別の意味で、不思議な光景として映っていることだろう。

 ナイトオウルはダスクロウが砕けた態度であることについて「クラフト様にとってはアウル殿は数少ない友人の一人ですから」と主張した。逆にアウルからしても同じことが言えるのだが、アウル自身は仲が良いこととはどういうことなのか、人の友達が少なすぎてよくわかっていない。ジゼルからそう見えるのなら、そうなのだろうと思う程度だ。

 ダスクロウは足取り軽く声だけで「ふふ」と笑った。表情のない人形の顔で笑顔も何もないが、人として生きていた頃から表情のない男だったので違和感はないに等しい。

 ダスクロウが向かう先は、謁見の間ではなかった。謁見の間とは政治の場であり、今回必要な場所ではないからだった。広い廊下の途中で枝分かれしたところを曲がって、細くなった通路を進む。その最奥の扉を開けると、そこには、かの魔王が椅子にかけて待っていた。

「陛下、ただいま帰還いたしました」

「来たのね。お入りなさい」

 美しい魔王の手招きで、部屋へ入る。

 その部屋にある調度品の価値を、アウルは正確に判断することはできない。けれど、しなやかな曲線を描く脚に支えられたテーブルや、細やかな彫刻が施されたチェスト、奥の方に見える天蓋のついたベッドなどを見る限り、どれも最上級の品物であろうというのは察せられた。

 部屋の主である彼女に促されて、人数分揃えられた椅子におずおずと腰掛ける。何より、ここが彼女の寝室であるということに対しての緊張があった。貴婦人の寝室に上がりこんでいるという緊張だ。

 しかしながら、どうにも、当の貴婦人は気にしていないようだった。彼女はゆったりとした動作で、アウルとジゼルに紅茶を淹れてくれた。それがまた優雅で、彼女の余裕そのものでもあった。

 紅茶を注がれた手触りの良い白磁のティーカップもまた一級品なのだろう。アウルはカップを持つことそれだけでも手が震えるようだった。

「あ、ありがとうございます……」

 魔王に、紅茶を淹れてもらうなどと。緊張で声も震えたが、彼女は優雅に微笑んで「人払いはしているから、楽にしていいのよ」と言った。

「今は公的な場ではないし、プライベートでまで敬われる必要性は感じないわ。あまりそういうのに拘りたくないの。まるであたくしが恐ろしい人みたいな感じがするでしょう」

 恐ろしいか恐ろしくないかで言えば、少なくともアウルにとっては、恐ろしいはずの人である。この国で一番の権力、権威を持つ彼女に対して自然体であれというほうが難しい。しかしながらそれを正直に話してしまえば、不興を買うことになるのだろう。アウルは黙って曖昧に笑い返すだけにしておいた。

 彼女自身は、あくまでも自然体を貫くつもりであるのだろう。香り立つ紅茶に満足げな表情を浮かべて、カップのふちに口づける。

「今日は上手にできたみたい。紅茶は自分で淹れるのが一番良いわ。毒に怯える必要がないものね」

 果たしてそれがどこまで本気なのか冗談なのか、アウルには判別がつかない。そもそもこんなにも近くで、この国の頂点に立つものと対話しているというだけで何やら落ち着かない。隣にかけているジゼルはいつもとそう変わらないように見えるけれど――。

 魔王ははたと思いだしたように「そういえばまだきちんと挨拶していなかったわ」と呟き、咳払いをした。

「一応形式的なものだけれど、改めて名乗っておきます。あたくしの名は、カッサンドラ・エドゥアルド・レナード・レイファン。今年できっかり在位百年となるこの国の正統なる人間の王であり、紅蓮の二つ名を持つ魔王でもあるわ。呼びやすいように呼んでくれて構わないわよ」

 紅蓮魔王と呼ぶ人が一番多いけれど、と彼女――カッサンドラは付け足した。確かにその呼び名は、彼女によく似合っている。

 アウルもジゼルも名乗らなければと口を開きかけたところで、紅蓮魔王は「お前たちの素性はわかっています」と言った。

「あたくしとて、全く知らぬ者を懐に入れることはできません。でも、黒髪のお前には見覚えがあるし、羽の子のことはダスクロウから聞いているから」

「陛下、アタシのことを覚えて――?」

 ジゼルが思わずといった風に零したそれに、カッサンドラは「お前は有名だったもの」と返事をした。

「十数年前のことくらいなら、忘れるほど古い記憶でもないわ、ジゼル・ガーランド。あの頃は勇敢な軍曹が退役するのが惜しいと噂になっていたのよ」

「は、い――ありがたいことです。わたくしとしても惜しいことでしたが、お恥ずかしながら今は足がこの有様ですので、戦場に立つのは難しく……」

 ジゼルの足は、膝から下がない。本来あるべき肉の足の代わりに、機械で出来た金属の足が取り付けられている。日常生活を送る分には充分に機能するそれは、軍隊で兵士として働くには扱いが繊細すぎる――。

「恥じることはないわ。国のため働いた良い足よ」

「恐縮です……」

 ジゼルはすっかり感動しているようだった。今は軍をやめて弁護士として活躍しているジゼルだが、兵士をしていた頃と気持ちはそう変わらないのかもしれない。国のため王の下で尽くすことの喜びを、彼女は忘れていないのだろう。ゆえにカッサンドラの言葉は、彼女の心に響きやすい。

 カッサンドラが今度はアウルのほうを向いた。真正面から目が合うと、やはり緊張が抜けきらない。本来は雲の上の人だ。

「お前は――アウルといったわね。それから、そっちの銀色はナイトメア・ナイトオウル。ダスクロウがお前たちのことばかり話すから、一目見てすぐにわかったわ」

「へへへ照れますなあ」

「何故そこでダスクロウが照れる。って、すみません、ついその」

 ダスクロウの挙動につい口を挟んでしまったアウルだが、カッサンドラは寛大に許した。

「いいのよ、本当に――ここには余計な目はないわ。それにしたって、お前、本当に話に聞くとおりなのね」

「え、こいつ一体僕のこと何て……」

 知らないところで何を言われていたというのか。妙に恐ろしくなってダスクロウを見ると、視線を逸らされてしまった。何故かこの男は、人形の身体になってから態度があからさまな気がしてならない。ナイトオウルはそういうクラフトらしい一面についてよくわかっているからか、アウルを宥めるように首を横に振った。

 カッサンドラはそうしたアウルたちの態度が面白かったのか、朗らかに笑っている。

「とても優れた才能を持つ魔族だと自慢していたのよ。こんなに体に変質がある――希少な存在だわ。お前のような子がこれまで目立たずに生きてきたのが不思議なくらい」

 魔族にとって、豊かな魔力を持つことは優れているという評価に繋がる。魔力によってより強力な魔術を扱うことができるからだ。アウル自身はあまり実感がないことだけれど、魔術の才能が豊かであることはそれを活かして色々なことに挑戦できるということでもあり、出世する者ほど人とかけ離れた姿をしている魔族が多い傾向があるのは事実である。無論、必ずそうであるというわけではないけれど。

「あの、僕……その、そんなに魔術得意じゃないです。ちょっと飛んだり、動物と話したりするくらいで……」

「あら、そういうのは充分に才能というのよ。あたくしにできることは多いけれど、お前のように動物と話す魔術はできないわ。お前も鍛錬を積めばこれからもっと伸びるでしょうね」

 ――成る程、褒められるというのは随分くすぐったい気分がするものだ。

 この国で誰よりも優れている魔王に認められるということは、それだけで価値のあることなのだ。褒められることは照れくさく、誇らしく、もっと精進しようという気になってくる。

「ナイトオウルもよくできているわね。流石はクラフト・クレーの作といったところかしら」

「お褒めに預かり光栄です。クラフト様は私の誇りです」

「聞きましたか陛下。いいでしょう、俺のかわいい息子ですよ」

「本当にお前みたいな調子のいい男が作ったにしては出来がよすぎるくらいね」

 軽口を叩き合うダスクロウとカッサンドラはとても自然で、それが主従であるということを忘れそうなほど距離が近く感じられた。不思議な光景だった。世間に顔を出すときの偉大なる魔王とイコールで結びつかないような、等身大の人であるという雰囲気があるのだ。

 ただお茶会をしている。そんな状況ではあったが、いい加減に本題に入らなければ。意を決して、アウルは問いを投げた。

「紅い月が何で存在しているんですか」

 ――あの魔力の存在を、アウルは知っている。

 わからないことは山とあれど、一番気にかかっているのがそれだ。失われたはずのあの恐ろしい宝石がまだあるなどと。

 カッサンドラは、ふう、と大きく溜息をつく。

「そうね――話すことは色々あるわ。そして話を聞くからには、あたくしたちを手伝ってもらわなくてはならない」

「できる限りのことであれば」とアウルは返事をした。ジゼルもナイトオウルも、アウルと同様の返答をする。

「よろしい。まず、紅い月というのがあたくしの宝物庫にあったことは、知っている……と考えていいのよね」

「はい。その、僕は……エコール・ナルシスイセンの起こす事件を追う中で、エストレ商会の方から話を伺いました。かつて陛下のところにあったもので、他の物質の魔力を食らって成長する魔宝石だと……」

 ヒントを残していたのはクラフトで、話をしてくれたメグもそれがあったから教えてくれただけのことだ。それはいけないことだっただろうか。恐る恐る顔色を窺えば、カッサンドラは「事件を解決に導くうえで必要なことだったのならあたくしは咎めないわ」と言った。

「むしろわかっているのなら話しやすいというものよ。お前たちの知る紅い月は、あくまでも一部に過ぎないということよ」

「他にも同じ物がある、ということですか?」

「あの石は、あたくしの手を離れた後、色々な誰かの手に渡ったわ。あたくしが把握しているだけでも、宝石商や貴族たちの手を渡り、闇市に出ていたこともあった。そしてあたくしが取り戻したのは、半分に割られた片割れだけだった」

「もう一つをナルシスイセンが持っていたものと思っていましたけど……」

「そうね。でも、その片割れが、再び割られていないとは限らない――何故なら紅い月は成長する石だからよ」

 ごくり、と唾を呑む。そうだ、あの石は力のある石なのだ。そのことを忘れたつもりはなかったが、アウルはもしかすれば、きちんと認識できていなかったのかもしれない。

 ――どうしてあの石が、目に見えて把握できるだけしかないと思い込んでいたのだろう。

「お前たちは確かに紅い月を滅ぼしたわ。でもまだ力を保ったまま、どこかに隠れていた石が再び表に現れるようになった。自動人形に埋め込まれ、彼らに歪んだ力を与える呪いとして」

 あたくしたちはそれを回収しているの、とカッサンドラは言った。恐ろしい力を持つその石を、然るべき形で闇に葬り去るために。

挿絵(By みてみん)

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