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きみの黄泉路に花はない2  作者: 味醂味林檎
第一幕 トワイライト・ダスクロウ
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第三話

 トワイライト・ダスクロウが、死したはずのクラフト・クレーである。

 ダスクロウ自身が認めるような発言をしたとはいえ、信じがたい話である。しかしアウルはそれを嘘だとは思えなかった。ダスクロウが本当にまっさらなただの人形であるのなら、アウルの顔を知っているはずもなく、他の人形を襲おうという発想すら浮かばないはずだからだ。

 それはすぐ後ろについてきていたナイトオウルも、同じ結論に至ったことだろう。ジゼルはすぐにアウルたちの異変に気がついて首を傾げた。

「なんだい、どういうことだい?」

 それをどう説明していいものか。アウルが考えているうちにも、ナイトオウルは、目の前の漆黒に対して震える声で問いかける。

「本当にクラフト様なのですか、本当に……?」

「ああ、今はこのとおり、ダスクロウになったけど」

「ダスクロウ……さま」

「呼びにくかったらクラフトでもいいよ、ナイトオウル」

 亡き父親が遺した弟だと思っていたダスクロウの正体が、実は父親そのものであった――ナイトオウルにとっては、アウル以上に衝撃の大きい話であろう。それも、人形を愛していたと記憶している父親が、他の人形を壊している場面を見てしまえば。

「どうして、何故このような……他の人形を襲うなんてことを――?」

 ダスクロウの姿をしたクラフトは、考え込むような仕草をしながら、独り言のように呟く。

「ううむ、これって俺普通に話していいんだろうか」

「話しちゃいけない決まりでもあるのか?」

「どこまで話していいのかよくよく考えたら確認を怠ってたと思って。ていうか俺が俺だということも言って良かったのかどうなのか?」

 それはつまり、彼は誰かの下で過ごしているということではあるまいか。他の自動人形と同じように、持ち主を定めていて、その命令に従う存在となった――そういうことなのか。

 辺りから野次馬が集まってきている。最早現場は注目の的となっている。だが、人が集まっているのはダスクロウだけが理由ではなかった。

 石畳の道路に、甲高く響くヒールの音。アウルは周りの野次馬たちが、今この場で起きた人形同士の諍いよりも、その足音の主に興味を示していることに気が付いた。周りの視線が向かう先につられるようにしてそちらを見ると、そこには紅のドレスを纏った一人の女性が立っている。




「いいわよ、あたくしが許します」




 美しい、女性である。どこかまだ幼さを残すメグや、きりりとしたガーランドとはまた別の種類の、まさに絶世の美貌である。官能的な厚い唇はドレスと同じ眩い紅で彩られており、左目の下に、二つほくろがあるのが色っぽい人だった。豊満な体つきをしていて、体のラインがよくわかるドレスがまさにあつらえたという風に似合っている。水牛のような半月型の角を持ち、柔らかそうな栗色の髪が腰まで伸び、またその腰の辺りからは蝙蝠に似た翼が生えている。肉体の変質が起こるほどの魔力を有する優れた魔術師であることは、一目見ればわかることだ。そしてその姿を知らぬ者は、この国にはいまい。

「陛下……」

 誰が呟いたか、その声はよく響いた。誰もが彼女の美貌に見惚れて、言葉を失っていたせいだ。ジゼルがアウルの肩を引き寄せて、姿勢を正させた。麗しき彼の人の前で、礼を失する態度を取ってはいけない。この国の頂点に立つ人だ。

 クラフト――ダスクロウが彼女に傅き、先程壊したものから抉り取った魔宝石を献上する。

「陛下の仰せのとおりにいたしました。これを」

「よくやったわ、ダスクロウ」

 にこり、と女王が笑う。元々垂れ目がちであるが、それ以上に目尻が下がって、慈愛に満ちた甘い優しさを感じさせた。それ以上に、蠱惑的で恐ろしげな魅力があった。圧倒的な力を持つ、王としての。

 それから、彼女が後ろを振り返って手招きをすると、レイファンの警察たちと、見たところ一般人であるらしい男性がやってきた。

「ああ、ありがとうございます陛下。盗まれたものを取り返してくださったのですね」

「ものに間違いがないかよく確認するように。大事な商品でしょうから」

「ええ、ええ、本当にありがとうございます」

 ダスクロウによって壊された人形が持っていたものは、どうやら彼が売っていたものらしい。要するに、ダスクロウによって正義が執行されたわけだ――動力源であり心が宿る核となる魔宝石を奪ってしまうのは、いささか過剰であるようにも見えるけれど。

「ここの片付けは警察部隊に任せます。ダスクロウ、あたくしは先に戻って然るべき形でこの石を処分をせねばならない。お前はお客人を連れていらっしゃい。話すべきことがあるでしょうから、場を用意するわ」

「ありがたき幸せです」

 ダスクロウが臣下の礼を取って言うと、女王は美しく微笑んで、その翼を広げて飛び去った――王都の象徴たる城へ向かって。

 それを見送ってから、ダスクロウはアウルたちを振り返った。

「積もる話もあるからね。ゆっくり行こうゆっくり」

「い、いいのかな……僕たちがお城行っても」

「陛下がお許しになられたんだからいいんだよ。ああ、勿論あなたもご一緒してくださいね」

 ダスクロウがジゼルを見て言った。

「アタシは構わないが……本当に問題ないのかい。事情はよくわからないけど、アタシは部外者だよ。いや、勿論陛下のお望みであるというなら、できる限りのことはするけどさ」

「あなたも俺のやったことを見ている。二度も見られるなんて失態だったけど、でももしかしたらそれも縁というやつかもしれないし」

「最初のとき、アタシのこと気づいていたのかい?」

「まあね。でもおかげで吹っ切れたよ。目立たないようにしようったって無理なものは無理だから、好き勝手しようってね。それに俺たちは、あなたの知りたがってることを教えられるかもしれない」

「――ギアクセルのこと、何か情報を持ってるのかい」

「餌で釣るやり方は公平さに欠けるから、正直に言えば、大した話ではないけどね。何もわからないよりはマシなんじゃないかとは思うよ、弁護士のジゼル・ガーランド先生」

 ジゼルの素性を、どうやらダスクロウはわかっているようだった。

 不思議なことだが、人形の姿は全く生前のクラフトと違っているのに、そこにいるのはクラフト以外の何者でもなかった。その振る舞い方も、話し方も歩き方までも、そのまま何も変わっていない。

「死んだはずのクラフトとこうしてまた話すことができるなんてな……」

 聞きたいことは色々とある。けれど何から口にしていいのか、アウルはまだ整理できていない。ダスクロウは「死霊術の完成系ってやつさ」と言った。

「俺が死んだ時に、人形に魂を入れてしまうように予め魔術式を作っておくんだ。人の魂を意識を残したまま保存するには結構な魔力を使うから、この身体は高くついたよ。魔宝石を七つも入れなきゃいけなかった」

「何故すぐお目覚めにならなかったのです」

 ナイトオウルが言った。当然の疑問だ。人形に魂を入れてしまえるのなら、何故すぐ目覚めなかったのか。

「思ったよりこの身体に魂を馴染ませるのに時間がかかったんだ。失敗したな、計算を間違えたみたいだ」

 見たところ完成していたダスクロウが何故起動しないのか、アウルはメグやセイジュローに力を借りて熱心に調べていたのだが、それは全く無駄だったということである。そもそもがダスクロウは自我を持つように作られていない、入りこんだ魂のための器なのだ。魂が落ち着くまでは目覚めるわけがなかったのである。

「まあ、一応ちゃんと成功したから良いってことにしておこう。あっ俺の遺したノートのどれかに魔術式記録してあるからアウルくんも試したくなったらやってみたらいいよ」

「やらないよ。人生なんか一回きりで充分だ。というか、つまり、その……きみは、あんな遺書寄越したわりには生き返る気満々だったと……そういうことか。そうなのか……」

「魔術師として完成するためには必要なことだったんだ。勿論魔術が失敗してそのまま死ぬ可能性も充分にあったし、人の身体を捨てることには変わりないから、魔術の継承に支障が出るっていうのも嘘ではないよ」

 それにしても倫理観に問題がある行為である。自動人形の制作について死霊術の研究の一環として見ていた節はあったが、まさか死後の自分の身体にするためだとは。クラフトの葬儀の際、彼の両親が遺体を魔術実験に使うかもしれないと親族が案じていたけれど、当の本人が自分を実験台にしていた。これは防ぎようがない。

「せめて僕やメグに何か言ってくれれば良かったのに。倉庫の鍵を壊して何にも告げずにいなくなるなんてタチが悪すぎるんじゃないか。僕らがどれだけ心配したと……いやダスクロウの中身がクラフトとは思ってなかったけど……」

「鍵は壊す気なかったんだけどね、身体の使い方っていうか、力加減に慣れなくて。この身体は前よりもパワフルだからさ」

「成る程……以前人の身体であった頃の感覚とは齟齬が生じていたのですね」

「ナイトオウル、成る程とか言ってる場合じゃなくないかい」

「心配かけてごめんよ」

「まるで心が籠っていないし一番の問題はそこじゃないんだけどな? あとそういうことはメグに言えよ……」

 何も言わずにいなくなったことを責めていたつもりだが、伝わっていないのかそれとも気づかぬふりをしているだけか。秘密にせねばならない事情でもあったというのか。何にせよダスクロウからまともな返事がくるような気はしなかった。それがまたクラフトらしい感じがしてしまうのがいけない。本気で追及できなくなるというか、そうしても躱されてしまうような気がしてくる。

 それにしても。

 まさか、自分が王城へ行くことになるとは、アウルは露ほども思っていなかった。

(女王陛下に招かれるなんて……)

 新聞の写真くらいでしか見たことのなかった彼女が目の前に現れて、しかもダスクロウは彼女に仕えているようなのだ。色々な情報が一気に入ってきたせいで、アウルは完全には冷静になりきれない。本当に、理解はできなくもないが、追い付かないといったところだ。自分と同じくらい混乱しているナイトオウルの動揺する姿を見ているせいで、多少は客観的な視点というものを取り戻せたけれども。

 そういえば、ダスクロウはギアクセルについて情報を持っているような発言をしていた。彼曰く大した話ではないそうだが、ジゼルにとってはようやく辿り着いたギアクセルの痕跡だ。決して親しいわけではないダスクロウの手前もあるだろうが、彼女の表情は少々硬い。

 何故ダスクロウはギアクセルのことを知っているのだろう。ダスクロウは何故他の人形を襲ったのだろう。話すべきことを話してくれるというからには、これから聞きだせることだろうけれども――。

(もしかすると、もしかしてだけど、そうじゃないほうがいいけども――今何か大変なことに巻き込まれかけているのでは……?)

 どうにも先日のナルシスイセンのことがあったせいで疑心暗鬼になっているきらいはあるけれども、アウルはその自分の直感を否定できるだけのものを、何も持っていなかった。

 王城が、近づいている。レイファンの象徴たる、政治の中枢にしてあの美しい国王の住まう場所。ただの庶民にすぎぬアウルには、縁のなかったはずのその場所が、もう目前に迫っていた。

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