第三十七話
月食みが大騒ぎを起こしている頃、ギアクセルは彼らの足取りを追うための調査をしていた。これはホークショーからの依頼であり、自らの誇りにかけて為さねばならぬ業務である。
月食みの連中が利用している隠れ家は複数あるらしい――というのは、考えれば簡単な話だ。あれだけ多くの人形を抱えていながら、未だにろくに実態も掴めていないというのは、月食みがそれを隠すのが上手いからだ。もしも一つの隠れ家が敵に知られたとしても、それを切り捨てて別の場所へ移るということを繰り返していると考えれば、尻尾が掴めない理由も一応は説明がつく。それだけ気軽にアジトを諦められるからこそ、先日はそれを罠としてギアクセルを誘ったくらいだ。
紅い月の特性を利用しているのだろう、膨大な魔力を用いた認識疎外の結界は、その歪みにさえ気づくことができれば潜り抜けることは可能だ。結界を魔術として組み上げている式を崩せばいい。技術によってパズルのように紐解くか、強大な魔力リソースを裂いて力技で突き崩すか、手段はいろいろとある。
現在のギアクセルの活動は、公に認められたものとなっている。詳しいことはよくわかっていないが、ホークショーからそう聞かされた。正式に公文書上で冤罪が晴れたわけではないが、月食みの捜査に協力するぶんには、大きな問題さえ起こさなければやりやすくなった。多少上のリクエストには応えなければならないが、敵が減るのは良いことだ。
「さて――まずはこいつを試してみようかねっと」
公的に許された活動になったことで、一つ支援も受けている。結界破りのための宝石を削りだして作られたナイフを持たされている。蒼く煌めくナイフを壁に当てると、膜が裂けるように穴が開き、隙間から中の様子が見えた。
「ふうん。上手く機能してるようだ、便利な魔術品もあったもんだな。最近流行りの魔術ってのは地味だが使い勝手が良いんだな」
穴を開けたところから結界の中へ侵入する。
今回、ホークショーから教えられたのは、アリストレングス・ベストリングスの制作者――ジョディ・アルチェオ・バスチアンが以前に暮らしていた屋敷だ。
月食みは人形たちばかりの組織ではあるが、その中心となっているベストリングスの制作者の痕跡を調べていけば、何かしらヒントが見つけられるかもしれない。ホークショーが集めてきた情報によれば、バスチアンという男は近頃行方をくらませているらしく、疑いをかけるならば充分に理由はあった。メイディーヴァの挙動を考えると疑問は残るが、バスチアンが月食みに援助をしていてもおかしくない――。
ホークショーが金銭的事情から所有権を持っている屋敷を管理しきれていないように、ここもほとんど打ち捨てられたようなもので、近所の住人たちからも長らく空き家として扱われている。鬱蒼と茂る蔦が絡む鉄の門の厳めしさもあり、誰も近寄りたがらないような――そう、一見すれば外壁などが傷み始めた無人の館としか思えないその屋敷。だが、いざ結界を破ってみれば、そこには人が出入りしている形跡が見受けられた。
外観も結界によって誤魔化されていただけで、実際には修繕された痕跡も見える。庭も手入れが行き届いているとはいえないものの、最低限人が通る場所には草が生えていないので、間違いなく管理されている場所だ。
窓は全て閉められていたが、ドアに鍵はかかっていなかった。結界による認識疎外もあって、人が寄りつかないから不要だということかもしれない。あるいは、それが必要ない状況であるというだけなのか。
確かめねばならない。錆のあるドアノブを壊さないように気を付けながら扉を開けると、やはりぎしりと軋む音がしたが、それだけだ。内部は古めかしく時代遅れな古ぼけた絨毯とシャンデリアが目立ったが、それ以外に気になるようなものはなかった。ただ、色のくすんだ古い家。いずれ朽ちるだけの場所。
とはいえ何が隠されているかわからない。一つ一つ全ての部屋のドアを開け、中を物色して回る。人が出入りしているとは感じるものの、特別調度品が使用されているようには見えない。目立ったものを見つけられずにいくつかの部屋を探した後、最後に入った書斎の床に違和感を覚えた。
僅かながら、踏んだ時の足音の響き方が違っている。擦り切れた絨毯の端を掴んで引き剥がせば、その下の床には切れ目があった。手をかけられる窪みもある――その板を引っ張ると、地下へ続く階段が現れる。
「ホー、なるほどねェ。隠し部屋ってところか。いかにもって感じがするぜ」
進めば後にはひけなくなる。進むには危険が大きく、今はナイトオウルのような協力者も傍にいない。
「……ま、最悪俺がぶっ壊れても、ホークショーんとこに報せが飛ぶ仕掛けはあるさ。そういうのは内蔵してる――問題ない、問題ないとも」
元々自分は型落ちの古い人形に過ぎない。どうせここまで侵入したのだ、折角なら掴める情報は拾っていきたい。
一瞬、ジゼルのことを思い出したが、頭を振った。躊躇っている場合ではないのだ。
薄暗い階段を降りてゆく。真っ暗闇が続くかと思いきや、階段を降りきってしまうと、灯りのついた通路に辿り着いた。随分長く続いているようで、奥の方がどうなっているかまでは判別できない。
慎重に先へ進んでいくと、いくつかの扉が並んでいるのを見つける。単に地下室、と呼ぶには広すぎる――これは地下の階層、とでもいうのが適切だろう。一つ一つの部屋を調べていくのは骨が折れるが、これを調べたくてやってきたようなものだ。
部屋のほとんどは鍵がかかっていて、容易に入れそうにはなかった。破壊して中を覗いてもいいが、派手なことをするのは相応のリスクもある。先に見られる場所がまだあるので、それは後回しにする。
そうして奥へ奥へと進んでいけば、広い空間に出た。金網の足場から下を覗けば、そこには何やら大掛かりな機械が見える。今は稼働していないようだが、無造作に置かれた自動人形と思しき人形たちを診る限り、ここは人形の製造工場ということなのだろう。
「こいつは……」
鉄の階段を降りると、流石に今まで以上に足音がよく響いたが、誰かが襲ってくるということはなかった。そこに置かれた人形たちのどれも、核となる魔宝石がないのだろう、虚ろな器が横たわっているだけだった。これまでギアクセルが事あるごとに破壊してきたゴーレムたちと同じ物だ。魔宝石の魔力の残滓は感じるが、ここにあるのは抜け殻ばかりで、死んでいるも同然だった。
「ゴーレムどもの工場か……クソッタレ。こんなもん、考えるアタマがねえんじゃ、自動人形なんて呼べもしねえってんだ。しみったれたイカレ野郎の趣味はわかんねえなア……」
自動人形とは自ら思考できるからこその道具である。その頭脳がない置物同然のそれに、果たして人形としての価値はあるのだろうか。
何か目ぼしいものがないかと物色する。機械の詳しい構造や人形たちの善し悪しについてはギアクセルには判別がつかないので、あくまでも状況の記録くらいしかできないが。
今は動いていないが、頻繁に使用されているのだろう。動力か何か不明だが、目立つ黄色のナイフスイッチには埃が溜まっておらず、錆なども見当たらない。手入れも行き届いていると見える。
人形の素材と思しき木材や鉄材も複数の箱に詰められているのを見つける。宝石も幾つか見つけたが、ギアクセルの目で見てもあまり質の良いものではなさそうだった。安かろう悪かろう、とはよく言ったものだ。量産型の低品質なゴーレムに使っているからなのか、それともこの程度の宝石しか得られていないからまともな自動人形を生産できていないのか。
そうした素材は丁寧に整頓されているが、機械の傍の作業机はそうでもない。何やら工具や設計図らしきものが広げられている。ここを管理している誰かは、案外几帳面でもないらしい。以前の潰されたアジトでもそうだった――あれは破棄してしまうつもりだったのだろう。だから情報の管理が甘い。見られても見た者ごと消してしまえば結果的には変わらない、という理屈だ。彼らにとっては残念ながら、ギアクセルとしては幸いにも生き延びたため、それを情報として活用する機会を得たが。たとえ自分でわからなくとも、わかる誰かに聞けばいい話だ。
大抵のものは見てもギアクセルの理解できる領分ではなかったが、ふと紙の束から少しずれて端のほうがはみ出しているものが目について、引き抜いてみる。
「な……こいつは……」
思わず目を見張る。それは他の設計図とは違う目的で書かれたものだ――人形たちが魔王城を襲う計画が綴られている。
月食みの人形たちが魔王城を襲う――だがこれまでの月食みの様子と決定的に違っているのは、それが人の指揮のもとで行われる作戦であるということだ。あるいは、最初から指揮はあったのか。それを知らされている者と、そうでない者がいてわかりづらかっただけのことで――。
内容を目に焼き付けるように読みふけっていたせいで、ギアクセルは背後から近づく者の気配に気が付くのが遅れた。
「おやまあ、鼠が入りこんでいるようだ」
「!」
振り返ると、そこには長い髪の女――否、女のようにも見える顔立ちをした細身の男が立っていた。ジョディ・アルチェオ・バスチアン――かのベストリングスを制作した人形技師だ。
薄い体、美しい顔。それに似つかわしくない、鋼鉄の装身具――腕を覆う巨大で無骨な鉤爪のようなそれは、何やら背負っている動力源らしきものと繋がれている。筋力補助、人形制作のための器具、などというにはあまりにも大仰なそれは、ギアクセルにも一目でわかる――武器だ。それも、ギアクセルには対処しきれないような。
「てめえ、そいつは……!」
「困ったことだ。ああ、本当に。お前のことは知っている」
あからさまに殺意の塊としか思えないようなものを身につけていながら、バスチアンの言葉は淡々としている。そもそもギアクセルと対話するつもりなどさらさらないと言わんばかりの態度だ。
靴の音がいやによく響く。逃げねばならぬと思っても、周りは人形やその素材が詰め込まれた箱が積みあげられ、狭く、奥は行き止まりしかない。どんなに足が速くとも、逃げ場などないに等しい。唯一の出口のほうからバスチアンが迫ってくるのだ――追い詰められている。決して体が大きいわけではないのに、その威圧感ときたら、逃さないという強い意思を感じさせる。
バスチアンが鉤爪によってギアクセルの体を鷲掴みにする。無造作に、子供が玩具を持つように。強靭な鋼鉄の鉤爪に抑え込まれると、暴れて抜け出そうとしてもびくともしない。ギアクセルが焦燥を感じる一方で、バスチアンはただただ冷淡な目をしている。
「ベストリングスが取り逃がした厄介な人形だ。見てくれは古臭いが、確かに頑丈そうではある。ああ、本当に――こんなものに煩わされるだなんて、あの子もまだまだ未熟なものだ。もっと上手く作り替えて、完璧なものにしてあげないと」
淡々とした返事を求めない独り言。言葉の中にどこか情熱的ではあれど、それは決してギアクセルに向けられたものではない。それが恐ろしい。嫋やかな女のような顔をしていながら、この男は、底知れないほの暗さを秘めている。
「光栄に思いたまえ、ギアスピード・ギアクセル。お前は今、我らが革命の糧となり、歴史を変える礎となる――」
薄らと、バスチアンが微笑んでいる。人形技師とはいうが、彼自身が人形であると錯覚させるほど、作りものめいた美しさであった――その腕を覆う鋼鉄の鉤爪さえなければ。




