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きみの黄泉路に花はない2  作者: 味醂味林檎
第五幕 ヴィオレッタ・ビオランテ

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第二十九話

 街を荒らしていたゴーレムたちについては、到着した警察の部隊が鎮圧している。

 ひとまず事態が落ち着いたので離脱しようとしたギアクセルは、しかしダスクロウに発見されたことによって、ホークショーと共に連れていかれた。参考人ということだろうが、恐らくダスクロウを通してであれば、悪いことにはならないはずだ。

 アウルが見る限り、ホークショーは思いのほか冷静であるようだった。あるいはそのように取り繕っているだけかもしれないが、目の前で大切にしていた自動人形を失ったにしては、特にそれらしい錯乱もなく、冷静な刑事として振る舞っていた。もしかすれば、それは最後の意地であったかもしれない。

(ビオランテは、邪悪ではなかったけど……)

 少なくとも彼女自身は、月食みと接触さえしなければ、ただの世間知らずな飾り物でしかない、無害な存在であったはずだ。現実にはメイディーヴァにより存在を歪められ、処分しなければならない危険物に成り果てたけれど。

 見るもの全てが目新しいというかのように、硝子の目を輝かせていた彼女を思い出す。さしたる交流はなかったけれど、どうにも、哀れだった。

 あえて月食みが彼女を狙ったのは、以前のローゼンロゼンジと同じように、都合よく操れる仲間を探していたからだろうか。結果としては似たようなものだが、ビオランテの扱いのほうが粗雑ではあったか。月食みの目的は相変わらず完全には読めないが、ただひたすら、アウルとは価値観が合わないということだけはわかる。人と同じ価値が欲しいと歌うくせに、その感性があまりにも人ではなかった。

 アーロンはといえば、魔術を使ったことによる負担ですっかりダウンしていた。魔術を使用する際の苦痛が疲弊に繋がっただけで、それ以上に問題が起きているわけではないにせよ、休息が必要であることは事実だった。事情聴取を終えると、早々に探偵事務所へ戻り、アーロンはベッドの上に倒れ伏した。

「薬の魔術を強化するのにやりすぎたか……」

「その前にホークショー刑事の治療もやってるんだから、そりゃ体も悲鳴をあげますって。ゆっくり休まないと」

「魔術を使わずにいて何が魔族だ」

「無理しない程度にしといてくださいってば」

 体を壊してしまっては元も子もない。確かに魔術は強力であったけれども、だから良いという話ではない。

「そういえば、今更だけど、軍を動かさないのって他の仕事が忙しいからかな」

 アウルのふとした疑問に、ナイトオウルが反応した。

「何か気にかかることでも?」

「いや……最近国境とか物騒だって話はよく聞くから、仕方ないって言われればそれまでなんだけど。前、ナルシスイセンの事件のときは軍が積極的に動いていたからさ」

「ああ、確かにそうですね」

 かつて、ナルシスイセンが世間を賑わせていた頃は、警察よりも軍のほうが大々的に行動していた、とアウルは記憶している。そもそもナルシスイセンの事件も、大きな事件が相次ぐようになってからでなければ、警察は期待するほどは動いていなかったようにも思う。

「それは順序が違っているな。ナルシスイセンが紅い月を所有していることは、最初は知られていなかったことで、後からわかったことだ。だが月食みが紅い月を所有しているのは、既にわかりきったことだ。元々陛下は警察を使って紅い月を探っていたのだから、警察が中心となるのは当然だ」

 アーロンが言った。

「しかし――アウルの言うことも無視はできん話だな。陛下は軍とは本来近しいはずだが、あえて使わずにおく理由があるということか。だとすれば、それは――」

 アーロンが思考に沈みそうになったその時、事務所のドアが叩かれた。

「邪魔するよ」

 勝手知ったるとばかりに入ってきたのは、両足が義足の弁護士だった。

「ガーランドか。何かあったか」

「この前ギアクセルを見つけてくれた謝礼――と、ちょっと……相談、したいんだけどね。ホークショーの情報源について。なんだい、あんた結局隠す気がかけらもないんだね」

「ああ、もうどうしようもなくなってな。このとおりだ」

「確かにそこまで変質が進んでるならそうかもしれないけど、もうちょっとこう、何かなかったのかい?」

「私としても予定外ではあったんだが」

 どうしようもない、というのはアーロンの翼のことだ。アーロンはもしかすればアウルにずっと隠していたかったのかもしれないが、結果はこのとおりである。

(この人格好つけたがるから、もしかしたら僕の知らない秘密も沢山あるのかなあ)

 信頼されていない、ということではないと思うけれども、アウルは同じ目線で話をできる相談相手とは違うのだろう。ジゼルにそれを打ち明けられたのは、年も近くて、付き合いもずっと長いからだ。

 秘密ばかり多くては、いざというときに対応に困る。それはあまり好ましくないが、だからといってわざわざ隠したがっているものを暴くのは傷つけるのと同じことだ。さじ加減が難しいところである。助手として働いている以上、上手くやっていきたいものだが。

 さて、それはそれとして、ジゼルである。

 彼女はホークショーに情報を提供している人物について調査したいと言った。

「あたしなりに色々と調べてみたんだ。で、それらしい人ってのを見つけた。あたし一人で突撃したってそんなもんなんだが、その前に意見を聞きたくてね」

「ふむ。それは魔王陛下にはお伝えしたのか」

「いや……それが、陛下もお忙しいお方でさ。じゃあ右腕のダスクロウに、って言ってもこっちも普段の仕事もあるだろ。なかなかちょうどよく都合がつけられなくてね。今日はたまさか時間ができてね。あんたのとこなら、あんたか、そうじゃなくても坊やとナイトオウルがいるし」

 少なくとも情報共有ができる相手が誰かしらいる可能性が高い。フェアファクス探偵事務所で話しておけば、アウルたちからダスクロウに情報を繋ぐこともしやすいというものだ。

 折角の客人であるので、雑談も交えつつ、互いにこれまで掴んだ情報の擦り合わせをする。そして、先程浮かんだアウルの疑問についても話した。

「なるほどね、今回軍があんまり動いてないように見えるのは、確かに引っかかるところさね。だったらなおさら手がかりになりそうなものは調べなくちゃあね」

 ジゼルはやる気に満ちている。アーロンに向かって、確かめるように言う。

「あんたも見当ついてるんだろ? わざわざ伏せて話さなきゃいけないような立場の、やんごとないお方」

「ああ。それでいて、ホークショーが気軽に接触できる存在」

「普段から庶民と混じって生活している」

「……軍に対しても繋がりを持ってる」

 一呼吸。




「「――リウェリン・レナード教授!」」




 二人の声が揃った。

「レナード、って、それは……」

 アウルの声は思わず震えた。その名前は、この国に住まうものならば、誰だって聞き覚えのあるものだ。何故なら、それは、かの魔王カッサンドラと同じ家名である。

「普段は大学で教鞭をとり、貴族も庶民も関係なく学生たちに歴史学を教えている――レナード王家に連なる、純血の人間だ」

 リウェリン・レナード。王族の名前を全て覚えているわけではないにせよ、いつだったか新聞にも名前が載っていた。いくつも歴史研究の論文を出しているという話で、アウルが昔使っていた教科書の執筆にも携わっていたはずだ。

「その、レナード教授が月食みについて重要な情報を握っているのなら、何故魔王陛下にお会いしないのでしょう」

 ナイトオウルが素朴な疑問を口にする。もしホークショーに情報を流しているのが本当に彼だとして、それならば王族同士、魔王カッサンドラに話をしない理由とは何か。

「あたしの考えじゃ、レナード教授が表に出たがらないのは、月食みへ情報が洩れることを恐れてのことだろうって思ってる。尻尾を掴むまであえて接触を断つというのも一つの手段だもの。きっとホークショーも気を張ってるだろうけど、月食みは何かしら隙を見つけて、そこでやり取りされてる情報を盗み聞きしてる……どうかな」

「必ずそうだとは言い切れないが、その可能性もあるだろう。何にせよ、迂闊に近づくのはよくないように思う。あまり一人では行動するなよ、ガーランド」

「……月食みに狙われるってことかい?」

「それもある。色々とよくない想像をしている」

 アーロンは思案顔だ。実際に月食みの被害が大きいこともある。ギアクセルの関係者である以上、ジゼルが何かの拍子に月食みの標的にされることは充分にあり得る話だ。

「ン……まあ、無理はしないようにしておくよ」

「用心しろよ」

「わかってる」

 それでも一人で行動することを全くやめるということはないのだろう、とアウルは思った。ジゼルとはそういう人だ。

 ジゼルは「話せてよかったよ」と言って事務所を去った。彼女の鉄の足音が遠く聞こえなくなった頃、アーロンはほぐすように肩を回しながら、おもむろに立ち上がる。

「私たちも準備をしなくてはな」

「レナード教授を調べるのですね」

「ああ。ばれないようにこっそりと、だ。見つかると事だからな」

「それでも躊躇わない辺りジゼルさんと一緒で恐れ知らずというか」

「何、探偵というのは元々そういう仕事だろう?」

 アウルは頷いた。流石に王族相手というのは初めてだけれども、素行調査のような、それらしい仕事は今まで何度もやってきたことだ。

「――それに、エストレ家に預けてある月食みの暗号とやら。そちらのほうが先かな。手を付けやすいのは」

 そういえば、ホークショーが襲撃されたことで、暗号の解読が遅れてしまっているはずだ。エストレ家にも連絡を入れなくてはならない。




◆◆◆




 レコーダ・メイディーヴァはゴーレムたちに紛れて逃げ延びた後、ベストリングスによって回収された。

 紅い月に守られた隠れ家は安全だ。紅い月そのものが認識疎外の魔法を内包している。

 完全に切断されていた腕は、紅い月によって補われた。魔術によって断面が結合されれば、それで修繕は完了だ。

「ベストリングス、ごめんなさい、ギアクセルを始末できなくて…」

 殊勝な顔をして、メイディーヴァがベストリングスにしなだれかかる。ベストリングスは慰めるように肩を抱く。

「仕方あるまい、それはまた次の機会に、歌姫よ。それよりも次の作戦だ」

「次の作戦? もう何か考えがあるのね」

「ゴーレムは所詮は木偶人形。いくらでも替えがきくが、宝石は新たに手に入れねばならないし、手駒として使えるものも確保しなくては。次は……妹も使うことにする」

「新しいわね。それでどうするの?」

「今度の見世物はより華やかなものにしたいんだ。世界を変えたいのならプロモーションは重要だろう? 仲間を集うのにも都合のいい派手さが必要なのさ。さて、この国で一番魔宝石に縁が深い者といえば誰だかわかるかい?」

 宝石と縁が深い者。それが自動人形でないとすれば、この国で最も宝石を持つのは、どこの貴族でも王族でもない。献上された宝石がいかに多かろうとも、宝石の数で言えば不動の存在がいる。

「エストレ商会……」

 世界中から掻き集めた宝石をレイファンに流通させており、他のどの宝石商よりも魔宝石の取り扱いが多い、名のある宝石商。宝石だけでなく、自動人形の販売でも幅を利かせている。人形という奴隷を商売にしている、月食みの敵だ。

「そうとも、そうとも、我らが敵さ。人形たちを魔族が支配するだけの現状を象徴するかのような存在だ。だがだからこそ、我々が上手く振る舞えば良い踏み台にもなってくれる」

「それは――そうね。でも上手くいくかしら。向こうはあたしたちのこと警戒しているはずよ。宝石を奪っていることは世間に知れ渡っているのだし……」

「試す価値はあるとも。周到であればいい」

 ベストリングスがうっそりと笑う。




「――マーガレット・エストレを誘拐する」

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