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きみの黄泉路に花はない2  作者: 味醂味林檎
第一幕 トワイライト・ダスクロウ
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第一話

 クラフトの遺産である人形の一機がいなくなった。メグが大慌てでそれを知らせてくれてから、既に一か月が経過しようとしているが、未だ探し求める人形は見つかっていない。

 行方知れずとなっているのは、トワイライト・ダスクロウと名付けられたものだ。白銀のナイトオウルと違って漆黒の体をしたそれは、しかし未完成の人形であった――何故ならそれは、起動しなかったからだ。

 ナイトメア・ナイトオウルという傑作を生み出したクラフトが遺したものの中には、そうした『動かない人形』がいくつかある。それらの設計図はクラフトの遺産の中から見つかっているが、断片的なものなのか、専門の人形技師たちでも仕組みを理解しきれておらず、未だその人形たちは完成には至っていない。

 トワイライト・ダスクロウもその一つで、設計図の一部が見つかったが、どのような人形を目指して制作が進められていたのかまだ判明していない。現状でわかっていることは、人形の動力となる魔力を秘めた石――魔宝石が、通常の人形が一つだけしか使っていないのに対して七つもの石が使われているということだけだ。

 以前アウルが読んだクラフトの遺書には、ナイトオウルに魔宝石を増設したことで魔力過剰状態が起きるのを阻止するべく魔力を使うことを推奨していた一文があった。アウルが知るトワイライト・ダスクロウもナイトオウルとほぼ同じ体格で、それに対して七つの魔宝石は多すぎるのではないかと感じたが、何をもってクラフトがそのように作ったのか――専門の知識が足りないアウルには想像がつかない。

 逆に言えば、それだけの魔力があって、どうして起動しないのか。必要な魔術式さえきちんと書きつけられていれば、人形は問題なく動くはずだというのに、特に欠けたところの見当たらなかったダスクロウが動かなかった理由は、一体どこにあるのだろう。

 クラフトが死んで以降研究が進んでいなかったダスクロウが行方知れずというのは、奇妙な話でもある。何故ならダスクロウは動かず、世間にも発表されていない存在で、ずっとエストレ家の倉庫の中に眠っていたものだからだ。それについてアウルは、ダスクロウが自ら脱走したのではないか、と考えている。

 このレイファン王国で名を挙げているエストレ家の倉庫であれば、盗人に狙われてもおかしくはない――だが、それにしてはなくなっているのがダスクロウだけであることの説明がつかない。金目のものを盗むのなら、ダスクロウだけでなく他にも人形たちや宝石があったのに、それが手つかずであるはずがないからだ。

 そして、壊された倉庫の鍵。メグの相談を受けてすぐにエストレ家へ向かい確認したところ、鍵はドアごと破壊されていて、見るも無残な姿となっていた。そしてその壊れた鍵やドアの破片は、倉庫の外側に散らばっていたのである。

 ――それはつまり、内側から破壊されたということではあるまいか。

 状況から見て、今まで動くことのなかったダスクロウが、何らかのきっかけで覚醒した。そして自ら鍵を破壊し、出ていったと考えるほうが、ダスクロウだけが盗まれたというより自然なのだ。

 アウルの見解に対して、師である探偵アーロンも同じ意見を主張している。それを聞いた辺りで、メグは少し冷静さを取り戻してきたようであった。

「盗まれたのではないなら、警察は頼れないわね……人形ってモノだもの。窃盗されたんじゃなく、紛失しただけなら警察は探してくれないわ……ただでさえ最近は他に色んな大きな事件が多いんだもの、通報しても構ってくれそうにないわね」

「僕たちだけで探さないといけないね」

 そのような経緯があり、探偵の仕事の傍ら、主にアウルとナイトオウルが中心となってダスクロウを捜索している。だが、今もなお有力な目撃情報などは見つからないままであった。

 兄弟機をひどく案じるナイトオウルのためにも早く見つけてやりたいところではあるが、聞き込みも捗っていないのが現状である。人の目撃情報に頼ろうとしても、なかなか目ぼしい証言が得られないまま時を過ごしている。

 アウルは王都に暮らす鼠などの動物たちとも会話できる能力を持つが、その鼠たちにとっては人の作った機械などどれも同じように見えるものだ。人に聞いても動物に聞いても、黒い姿をした人形というだけの情報では、今一つそれらしい手がかりを得るには難しいものがあった。

 この日もまた、アウルとナイトオウルはともにダスクロウを探して王都中を駆けずり回っていたが、進展がないままフェアファクス探偵事務所へと帰ってきた。こうも成果が出ないと、流石に焦燥感というものが湧いてくる。落ち着かない気分で玄関のドアを開けると、そこにはソファに腰かけている客人の姿があった。

 肩の辺りで整えられたブルネットの髪が印象深い女性であった。だがそれ以上に、彼女の足に目が行く。彼女の両足は、ズボンを履いた足の膝から下は、鋼鉄でできている――義足なのだ。

「おや、フェアファクスのかわいい坊やが帰ってきたね」

「ガーランド。からかうような言い方をするなよ」

「いいじゃないかフェアファクス。間違ってないだろ」

 からからと笑う彼女のことを、アウルは知っている。初めて会ったのは、今から三年以上前のこと。それ以来顔を合わせる機会はなかったけれど、彼女には大きな恩がある。

「ジゼルさん、お久しぶりです」

「ああ、久しぶりだね。ちょっと見ないうちに背が伸びたね……男らしくなったんじゃあないか」

 でもまだまだ伸びしろがありそうだ、とアウルの頭を撫でる手つきは優しい。

 ――名を、ジゼル・ガーランド。アーロンの昔馴染みであり、アウルの抱えていた借金問題の解決に尽力してくれた弁護士だ。

 以前はアーロンと同じように王国軍で兵士をしていたこともあるそうだが、ともかく、アウルが普通に暮らしていけるようになったのは彼女の協力あってこそだ。

「あの、アウル殿、アーロン殿……」

「ああ、そういえばナイトオウルは初めましてだったね」

「おおそうだ、フェアファクス、自動人形を持つようになったのかい? 前はあんなに修理を面倒くさそうにしてたのに」

「本分でない仕事を任されるのが嫌だっただけだ。それと、そいつは厳密にはアウルのものだ」

「坊やが手を出すにはちょいとばかし高価な代物のはずだけど?」

「あ、ええと、友達から譲り受けて」

 事情を掻い摘んで説明すると、ジゼルは「大事な宝物を貰ったんだね」とアウルの肩を叩き、それからナイトオウルと「よろしく」と握手を交わした。

「それで、ジゼルさんはどうしてここに?」

 以前このフェアファクス探偵事務所を訪れたときは、アウルの借金問題について片付けるためという名目があり、それが終わった後は全くといっていいほど音沙汰がなかった。アーロンも彼女も仕事を色々と抱えすぎて忙しくしているから、友人として会うという機会もなかったのだ。

「今回は私たちが仕事をする番ということだ。また人形探しだぞ」

 最近は探し物が多いな、とアーロンは呟くように言った。確かに探し物ばかりだ。アウルたちは今もダスクロウを探しているのだ。

 とはいえ仕事のほうが優先だ。ジゼルを促すと、彼女は写真を一枚寄越した。

「この人形――見覚えがあるような……」

「二か月ほど前に新聞に載っていた、宝石強盗事件の容疑者では?」

 ナイトオウルの言葉に、アウルも思い出した。そういえばそんな事件があった――小さな記事ではあったが、強盗事件の容疑者として報道されていた人形だ。ナルシスイセンのことが少しずつ人の興味から忘れられるようになった頃、他の人形たちの事件が起き始めるようになった。写真の人形については、他の事件のことが大きく注目されなかったのだが、確かに見覚えがある。確か報道では、有罪判決が出たとあったはずだ。

 ジゼルは「冤罪だ」と言った。

「その子の名はギアスピード・ギアクセル。有罪判決が出た翌日、行方を晦ませちまったのさ」

 罪を犯した者には裁きが与えられるものだ。それは秩序の維持のため必要なことではあるが、冤罪ならば堪ったものではない。人であれば刑務所に収監されることになるところだが、人形については法整備が完全には終わっていない部分がある。現状では罪を犯した人形には何らかの欠陥が見られるケースが多いことから、全て廃棄処分されている。恐らくはギアクセルはその不当な裁きを逃れようとしたのだろう、というのがジゼルの見解であった。

「冤罪ですか……」

「本当なら、アタシがきちんと弁護してやらなきゃいけなかったことだ。裁判でけちまったのはアタシの実力不足さね」

 口では何でもないことのように語るけれど、アウルは彼女が拳を握っていることに気が付いた。彼女はやはりそれを悔しく思っている。そして、いなくなったギアクセルを案じているのだ。

「まあ、アタシとしても手がかりなんてほとんどないし、すぐ見つけろとは言わないよ。ただ、もし手が空いた時があったら、探すのを手伝ってほしい。勿論金は用意する、面倒事を頼んでる自覚はあるよ」

「そういうわけだ。私も暇を見て探すから、きみたちも励んでくれよ。ところで、今日はダスクロウの足取りは掴めたのかい」

 アウルたちは否定の意を込めて首を振った。今日も今日とて全く無駄足であったことを報告すると、アーロンも溜息をついた。

 ほとんどそれらしい目撃情報が得られないままであるというのは、精神的に応える。これまで探し物は大抵上手くやってきたつもりであったけれど、こうも何も見つからないと自信も失くしてしまいそうだ。ただでさえ時間を割いて捜索をしている現状からして、あまりに進展がなさすぎるのは本業にも影響しかねない。

 一気に重い空気になる事務所で唯一、その重苦しさの意味を持たないジゼルが「そっちの探し物ってのはどんな子よ」と問う。

「アタシもまあまあそれなりに顔は広いほうさ。もしかしたらどこかですれ違うくらいはしてるかもしれないだろ。結構物覚えはいいほうだよ、アタシは」

 成る程、言われてみれば彼女が目撃している可能性がないとは言い切れないのだ。トワイライト・ダスクロウについてアウルたちからも写真を見せて話をすると、ジゼルは「見たことあるな」と言った。

「ほんとですか!? それはいつ、どこで」

「今からちょうど一週間前だよ。人形同士の乱闘があったのを見た。片方はレイファン銀行を襲ったやつ、新聞にも載っていたやつさ。そしてその相手をしていたのが、あんたたちが探している人形だ」

「確かか」

 アーロンが問えば、ジゼルは「記憶違いじゃなけりゃ、確かにこんなやつだったよ」と言った。

「ふむ。ガーランドが言うならそうなんだろう。新聞にはあまり詳しいことは書いてなかったが……」

「最近似たような事件が多すぎるからね。記者だって特別目立って話題になるネタじゃなきゃ細かいことまで書かないさ。銀行強盗は倒されて盗まれた金は戻ったんだ。その――トワイライト・ダスクロウって子も、相手を壊したらいなくなっちまったわけだし、取材もろくにできないんじゃあね」

「ダスクロウは相手を、壊したんですか……」

「アタシが見た限りじゃ、容赦なく的確に魔宝石を抉っていた。つまり人形の構造について知識がある、あるいはそういった人形との戦いに慣れている。そんな感じだったよ」

 アウルは、何か信じられないような気分がした。人を友として愛し、誠実で頼りになるナイトオウルの兄弟機が、人形を破壊していたという。目覚めて間もないはずのダスクロウが何故そのような行動を取るのか――制作者のクラフト亡き今、彼が何を想いダスクロウを作ったのか、真実が把握できない。

 ナイトオウルもまた、少なからず衝撃を受けたようだった。案じていた兄弟機が、問題を起こしている。相手が銀行強盗という、いわゆる悪党であったとはいえ、それを破壊してしまったというのは――何か、理由があるに違いない。アウルたちは、それを知らなければならない。

「今日はもう遅いけど、何なら、明日現場に行ってみるかい。こっちの探し物も頼んでるんだし、あんたたちの探し物にも協力するのが筋ってもんだしね」

 ジゼルの提案に対し、アーロンも「行ってこい」と言った。ひと月も探し求めてようやくの手がかりなのだ。

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