第十九話
ジゼル・ガーランドはギアクセル、並びに月食みの捜索のため、日夜奔走している。目撃情報の収集については、やっていることは探偵とさして変わらないだろう。
昨日はあまり成果も得られなかったが、今日は一つ変化と言えそうなことがあった。
「姐御ー、お久しぶりッスー!」
「ホークショーじゃないか、珍しい、こんなとこで会うなんて」
ダン・ホークショーと会ったのだ。彼もまた退役軍人の一人であり、過去を遡ればジゼルの部下だった男だ。人間交じりの魔族であり、魔術的な才能に乏しい。そのため前の戦争が終わった時点で軍人としての出世を諦めてすぐに退役し、今は刑事として街の治安を守っている。
軍にいた頃はジゼルを姐御と呼んで慕い、今もそれが続いている。目つきが悪いので黙っていれば周りに威圧感を与えるが、にこにこと愛想よく笑っているとあまりそういった人相については感じさせない。そこまで深く考えていないだろうが、立ち振る舞いの上手い男である。
「姐御、その脚で歩くの大変じゃない? 重そうだし……」
「もうすっかり慣れちまったよ。それにこいつはフェアファクス謹製の魔術品でね、軽く感じるよう細工されてる。メンテナンスも楽なほうさね」
「ふーん。フェアファクス先生って何でも作ってんね。スゲー、さっすが万能軍医」
「あいつは不本意っぽいけどねえ」
久々に会うと他愛無い世間話も弾むものだ。彼とは何の約束をしていたわけでもなく、たまたま出くわしただけだが、色々と話をする中でどうやら相手も月食みの調査をしているらしいことはわかった。目的が同じであれば訪れる場所も被るというものだ。
ジゼルも魔族の中では若いほうだが、ホークショーはもっと若い。それが理由なのか、気を許した相手にはかなり口が緩くなってしまうところがある。少しつつけばすぐにぼろを出すのはどうなのか。懐っこい性格をしているし、よく言えば愛嬌の一つと言えなくもないが、刑事としては……唯一にして最大の欠点かもしれない。
それはそれとして、ホークショーは魔王直属の月食み捜査班とは別に、個人的に月食みを追っているという。
「おれの抱えてる案件のほうにも関係ありそうなもんでさ。姐御も何かわかったら教えてくれたら嬉しいな?」
「何ていうかホークショー、あんた、昔から全然これっぽっちも変わんないね……」
「姐御それ褒めてんの?」
褒めてはいないが、余計なことを言って無駄に揉めるのも面倒なので笑って誤魔化す。捜査上の機密情報が洩れているような気がしないでもないが、ジゼルもジゼルで情報収集には躍起になっている。細かい指摘をしてやれる親切心を抱くには、今は少しばかり余裕が足りない。
「ま、これも何かの縁かね。いいよ、アタシが調べたこと、あんたにも教えてあげよう。その代わり、あんたも色々教えておくれよ」
「わあい姐御が仲間になったぞー」
やったあー、と妙に間延びした言い方でわかりやすく喜んでいるホークショーは、どこか犬っぽい。特に犬好きというわけでもないが、懐いてくる年下というのは可愛く見えるものだ。弟でもできたような気持ちになる。
とはいえ、いかに可愛い弟であっても、容赦はできない。
「さてホークショー、あんた早速アタシに言うことがあるんじゃないの?」
「うん? 何のこと?」
「……とりあえずこれを握りなさい」
「何これブレスレット? 姐御お洒落さんだね、こんなかわいいの持ってるんだ」
「いいから握ってみなさい」
そうやって無理やりホークショーに握らせたのは、以前にフェアファクスの依頼を受けた際の謝礼に、金のついでに貰った魔術品だ。細い金のチェーンに、石飾りがついている。見た目には金の台座に研磨された青い石が嵌められているだけの、シンプルなものだが――この石が本命だ。
ホークショーはしばらくして手の中の石に変化があることに気が付いた。
「姐御、なんか石の色変わったけど」
「へえ……」
青く輝いていたはずの宝石が、今は紅く見える。これは、この石にかけられたアーロンの魔術だ。やはりあの元軍医は魔術師としても腕が素晴らしい。完璧な仕事だ。
「そ、その意味深なへえは何かな姐御〜……」
「充分わかった、ってことさ。つまり――あんたやっぱり何か知ってるんだね!」
「ぎえええええばれたアアアアアア上手く取り繕ったはずが!?!?」
「そおら吐け! すぐ吐け! 速やかにゲロってしまえ!」
「えっちょっまってまってまってあねごギブギブギブヘッドロックだめくびしまってるしまってるくるしいギブ」
「そいつは嘘つきが触ると紅くなるのさ。詰めが甘かったねホークショー! このアタシに隠し事しようだなんて、そんな生意気許さないよッ」
「ひえ」
折角の情報源だ。いくら無害そうな顔をしていようが、ここで逃すわけにはいかない。
◆◆◆
アウルは薄暗い路地を歩いている。
昨日ナイトオウルの捜索を頼んだ蝙蝠たちは、期待どおりそれらしき人形の目撃情報をくれた。どうやらナイトオウルは他の人形と一緒にいるらしい。何らかの目的があってのことだろう。探偵事務所に連絡がないのはその人形と関わったのが原因だろうか。ジゼルに会いに行くという目的より、そちらを優先するほどの何かがあったというのは想像がつくが――何も機体に問題が起きていなければいいのだが。そこまでは蝙蝠たちにはわからない話だ。動物たちは人の作る道具に対してそこまで深い関心は払わない。
ともかく、ナイトオウルの居場所はわかった。このことをアーロンに報告したら、早速迎えにいかなくては。
細い道を抜けて、人混みを抜けて、フェアファクス探偵事務所が見えてくる。
ドアを開ければ、いつもどおり、そこにアーロンが待っている。今日は魔術薬の仕事はないのか、椅子に腰かけて新聞記事を細かくチェックしながら、ここ最近の出来事を頭に入れ直しているらしい。月食みがどこでどのような動きをしているのかという確認だ。ダスクロウのほうからも手が回りきらなかったものなどは宝石強盗事件として紙面に派手に掲載されている。
「ただいま戻りました、先生」
「ああ、おかえり、アウル。何か情報は掴めたか」
「はい」
ナイトオウルの目撃情報が得られたこと、彼と共に他の人形がいるらしいことを伝えると、アーロンは何か思うところがあるのか「ついていく」と言った。
「ナイトオウルがその他の人形とやらを優先しているのなら、恐らくそれはガーランドの探し物か、月食みの関係者である可能性が高い。そういうものが傍にいるということは、月食みからも目をつけられやすい。勿論現状でその人形が本当に予想どおりかは断定できないが、充分にあり得ることだ。調べたいこともある、一緒についていこう」
そう言ってアーロンが腰を上げる――上げようとした。
しかし。
「――先生ッ!」
ぐらりと倒れる体を、アウルは慌てて駆け寄って支えた。今ではアウルも背が伸びてきたが、それでも自分より背も高く体格も良い大人の男性というのは、ずっしりと重たく感じる。上手く力が入らないのか、ほとんど全体重をアウルに預けている。
見ればじっとりと汗ばんでいる。触れている身体が異様に熱い。どう見ても尋常な様子ではない。とにかく休ませなければ。ベッドまで連れていって、きちんと休息をとってもらわなくては。
アーロンの身体を担ぎ、半ば引きずるような形になったが、こればかりはどうしようもない。ゆっくりとだが、アーロンがいつも使っている、部屋の隅に置かれたベッドへ連れていく。何か喋ろうとしているのはわかったが、口を開けても音としては現れず、代わりに出てきたのはひどく咳込む音だけだった。それでも伝わるものはある――感情である。
「せ、先生」
――失敗した。急に発作が出るなんて。薬がひつようだ。しくじった。くすりをのまないと。たえなければ。こんなすがたは、みせたくなかった。
触れたところから伝わってくるのは、心だ。そんなつもりはなかったが、普段動物の心を読む魔術をよく使っているアウルには、アーロンの心も流れ込みやすくなっているらしい。
これは、非常によくない事態である、とアウルは思った。通常、人の心は読めないものなのだ。人は思考が複雑な生き物で、誰を相手にするうえでも心をひけらかすことはしない。親しくない相手なら当然で、親しい間柄であっても相手を慮るために自分を抑えることがあるのは至極当然のことだ。
それが、今、何の繕いもなく流れ込んできた。アウルの拙い魔術でさえ暴けてしまうほどに、アーロンは弱っているのだ。
「……先生、薬はどこですか。予備の用意はありますか?」
みぎのにばんめ。伝わってくる心と、僅かに動いた目線を頼りに、アウルは棚から薬を探す。身体を動かす意思はあるようだが、それに身体がついてこないようだから、アウルが手足になる他ない。ナイトオウルのことは気がかりだが、目撃情報のことを思えば無事ではあるようだから、今はアーロンを優先しなければ。放っておけば無理をして完全に体を壊してしまいそうな男だ。
アーロンが伝えてきたとおり、彼が普段魔術師として仕事をするときに使う道具を入れてある棚の、一番右側の、上から二段目の引き出しにそれらしい小瓶がいくつか並んでいた。粉末状の薬がある。アウルも彼から魔術は習っているけれど、少し高い場所にこうして隠されていると、全く気がつかない。そもそもそんな薬が必要な状態であったということさえ知らなかった。
具体的にどういった症状であるのか、何故言ってくれなかったのか、色々と聞きたいことはあるものの、それはアーロンが回復するまで待つことにしよう。それまでは居候の弟子らしく、弱った師匠の世話を焼く。もしかして吐いてしまってはいけないから、桶でも用意しておこう。汗で濡れたシャツも替えがいる。
一通り必要そうなものを見繕ってアーロンのもとへ戻る。ひどく息苦しそうだ。小瓶には『一回分』とラベルが貼られているので、とにかくまずは飲ませればよいのだろうと水と共にアーロンの口に流し込む。魔術薬としての効果なのか、熱っぽさは急速にひいていき、症状は落ち着いたように見えた。それでもまだだるさが残っているようだし、無理をさせるわけにはいかない。
着替えさせようとアーロンのシャツに手を伸ばそうとすると、アーロンは僅かに身動ぎして抵抗した。
「なんですか」
「自分で、できる……」
そうは言っても全く平気そうとは思えない。やはりアーロンの気持ちに彼の身体はついてきていない。
「できるように見えないからお手伝いしているんです。もう、暴れないでくださいよ。着替えくらいぱっぱと終わらせたいでしょう、大人しくしてください」
汗だくのシャツをいつまでも着せておけない。半ば強引にシャツのボタンを外しにかかって、アウルは気が付いた。
「な、んです、これ……」
シャツの下――アーロンの胸元から広がるようにして肌を這う、蔓のような黒い紋様。それはじりじりと蠢いて、彼の身体を覆い尽くしている。
入れ墨、ではない。これは魔力過多による変質だ。彼の体内を循環する魔力が、収まりきらずに表面に出てきている。アウルが成長の過程で羽を得たのと同じような変質が、アーロンの身体に起きている。それも、アウルのように成長に合わせた緩やかな変質ではなく、身体が悲鳴を上げるのも無視した強引な変化だ。
ぱきり、と何か奇妙な音がして、確かめるためにシャツを完全に剥ぎ取ってしまうと――アーロンの背中から、小さな黒い翼が生えていた。




