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きみの黄泉路に花はない2  作者: 味醂味林檎
第三幕 ローズレッド・ローゼンロゼンジ

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第十三話

 アウルたちの目下の仕事は、月食みの調査である。とはいえ現状において、月食みの尻尾を掴むことは容易ではない。新聞に載って話題を搔っ攫うほど目立った行動をしていながら、追いかければ知能の低い操り人形(ゴーレム)を切り捨てることで重要な幹部に当たる存在の痕跡を隠している。未だ本調子ではないアーロンに無理をさせるわけにもいかないので、彼には頼らず、アウルとナイトオウルが手分けして聞き込みを続けているところだ。

 ジゼルのほうも、アウルたちとは別の方向から月食みを調査しているが、果たして進展はいかほどのものか。彼女自身の目的を追いかけることが魔王のためにもなるとわかって、意欲的に調査を続けているようだが。

 元々そう熱心に連絡を取り合う仲ではなかったが、ギアクセルのこともあって、以前に比べれば格段に互いの存在は余程近くなった。とはいえ、互いにそれ以外の仕事も抱えている現状で、情報の擦り合わせをする機会は足りていない。

 相次ぐ魔宝石強盗に対し、一番わかりやすく反応を示しているのはエストレ商会である。あの手この手で宝石を狙ってくる連中は、月食みを筆頭に山といる。かのナルシスイセンの登場以降は、そうした天敵との戦いが重要な課題となっている――アウルがたまたま近くを通りかかった際、メグの様子を窺おうとエストレ家を訪ねた折、彼女はそのような話をしてくれた。

「メグも大変だね」

「彼らも彼らで必死になる理由はわからないでもないわ。誰だって死にたくない。人形にだって自己保存の原則がある。本来ならそれが最優先に設定されることはないけれど、何かの拍子に狂うこともある」

「欠陥があるとか、壊れたとか、そういうことか」

「ええ。人形の犯罪なんて、大抵はそういうものだわ。あとは人のほうが人形を悪用している場合だけど――ああ、でも、月食みの連中はもっと特殊なパターンね。あのナルシスイセンのように」

「彼ら自身に目的があって、そのために自己保存以上に魔力を集める必要がある――か」

 紅い月。成長する石。他の意思を食らう石。それを手にして力を得たものたちは、魔力を得るために過激な活動を始めた。人に従うことをやめた、過剰すぎる自己保存である。

「そういう思考ができるほど、元々の思考回路を人に近く、上手に作ってある――っていうのは人形技師の腕前を感じるけれど……倫理観が壊れているんじゃ、それは決して道具にはならない。道具として造られたものなら、道具として生きられるような心であるほうが幸せだもの」

「それは……」

「人と全く同じように心をもつことが悪いわけじゃないわ。ただその心が、人を愛することができるかどうかは別でしょ。私たちだって、出会うすべての人を愛するわけじゃないし、嫌いな人だっているじゃない? 最近は人形が目立っているだけで、人の犯罪者がいなくなったわけでもない。誰もかれもが他人を尊重できるわけじゃない。それってすごく人っぽいことだと思うの」

 確かにメグの言うとおりだ。彼女の言葉は冷たく聞こえる部分もあるが、客観的な事実を語っている。

 アウルとて、人の好き嫌いはする。この場にいないナイトオウルは非常に人に近い感性を持っているが、それ自体が奇跡的と言ってもいい。

(だってナイトオウル、人に対する応対の制限が緩い気がするし――)

 あれは生前のクラフトが制作した人形で、道具であることをよしとしているが、アウルが頼み込めばアウルより別のものを優先することができる。あれは人情という融通が利くのだ。クラフト自体倫理観にずれがあったのだから、ナイトオウルの思考回路に細かい制限をかけていない可能性もないとは言い切れない。否、かかっているかもしれないが、ハーピストルのように予め人を守って戦うように厳密に設計されている者の慈しみとは事情が違う。その制限自体が、非常に甘くできている――。

 ナイトオウルが人を愛していることは、人形として初めから設定された基本情報ではないのかもしれない――そう思うと、彼が全面的にアウルたちの味方でいてくれることは、かけがえのない奇跡と言えた。彼の心は、善良なものとして出来上がったのだ。

「技術が進歩すればするほど人形は人に近くなる。高度な思考回路を組み込むほど、道具としてのエラーが出やすくなる。だって心は縛れない。道具ではない、人と同じものになる。人と同じものなら、人と同じように法というルールが必要になる。今は目先の犯罪の対応ばかりだけど、そういう根本的なところの改善も真面目に考えなくちゃね。まあ、しばらくはそれどころじゃないだろうけど――」

 確かに、犯罪騒ぎが多すぎて、個別の対応に追われる今はそれどころではない。近隣諸国との衝突も多い。魔王も軍も警察も、他の政治家たちさえも構いきれないだろう。せいぜい、エストレ商会のように人形を取り扱う商人たちが、自分たちで取り決めをするしかない。

「セイジュローみたいな天才っぽい人形技師を抱えてると、凡人の私も色々考えさせられるのよ」

 アウルくんも頑張って、とメグは笑ってくれた。彼女自身も気を遣うことが多いだろうに、優しいことだ。




 色々と落ち着いたら、彼女メグと一緒に魔王の花園を見にいくのもいいかもしれない――美しいものはそれだけで人の心を癒すものだし、セイジュローの人形がいるというのも一つの縁であろう。その時まで開放期間が続いていればいいのだが。

 そのようなことを考えながら、移動のためにバス停に向かおうとしていたとき、後ろから声をかけられて振り返る。

 そこにいたのは、見慣れた鋼鉄の翼の乙女――ハーピィ・ハーピストルだ。探偵助手としての仕事を通じて知り合った仲だが、彼女の寿命を延ばすため、アウルは今も定期的に彼女と会って魔力を与えている。

「アウルくん……!」

 何やら追い詰められた様子で、彼女はアウルに縋りつく。尋常ではない事態と察して、アウルは彼女を落ち着かせることに徹する。彼女が冷静にならなければ、話を聞くこともままならない。

「ハーピストル、一体どうしたっていうんだ」

 頑なな彼女の指先を少しずつ開くようにさすると、彼女は力を入れ過ぎていたことに気が付いたらしく、その手を離した。だがその目は真っ直ぐアウルを見て、助けを請うている。

「コバルトブルームが、薔薇を見に来た人たちが、大変なんだ……っ、わたくしに、力を、知恵を貸して――」

 切羽詰まった彼女の懇願。そんなもの、答えは一つに決まっている。当然のごとく「イエス」以外にありえない!




◆◆◆




 恐らく状況からして、アウル一人が行ったところでどうなる話でもない――別行動しているナイトオウルの協力が必要だ。近くにいた烏に彼へ宛てた手紙を託し、ハーピストルと共に空を行く。かつて兵器として使われていた頃の戦闘能力をほぼ全て取り上げられている彼女は、推進力も下がっているが、それでも走るよりは速い。

「今日は、二機で魔王陛下の庭園へ行っていたんだ。あそこはベエル神のために作られた場所であり、かつて膝を折って仕えた魔王陛下の所有物。信仰の道へ進むと決めたわたくしにとって、教会に等しく貴い場所だった。コバルトブルームはわたくしに付き合ってくれていた、のだが……」

「問題が起きた」

「そう。庭園の奥に植わっているカッサンドラ・レイファン・レッドのところへ行ったとき――襲われたんだ。あなたは庭師のローゼンロゼンジは知っているかな」

「ああ、わかるけど――え、嘘だろ、ローゼンロゼンジが?」

 庭園を案内してくれた、赤い機体の庭師の人形。どこか朗らかで親しみやすい雰囲気を纏った彼は、確かに言葉ではコバルトブルームとハーピストルを咎めるようなことを言っていたが、それはあくまでも冗談の範囲であった。そのはずだ。それに、庭園を大切にしている彼が、その場所を穢すような真似をするとは到底信じられない。

「わたくしとて信じがたかった、けれど事実だ。コバルトブルームが咄嗟にわたくしを突き飛ばしていなかったら、わたくしもあの薔薇に囚われていただろう。ローゼンロゼンジは今や紅い月の魔力に魅入られたんだ」

 ――信じられないが、ハーピストルの語る言葉に偽りがないのはわかっている。コバルトブルーム――並びに来訪者たちを置き去りにせざるを得ない状況になったというのは、全く想定外の異常事態が起きたからだ。人命を優先するハーピストルがあえてその場を離れたのは、助けを呼びにいくほうがより効率的に人命救助ができると判断したからに他ならない。

「あの場にいた魔王城の関係者たちにも声をかけ、避難活動は既に始めている。だがそれでも手が回りきらない。どうにも、薔薇の増殖が止められなくて――」

 増殖――奇妙な言葉ではあるまいか。薔薇とは歳月をかけて育てた末に、ようやく花開くもの。それが増殖、というのは即ち魔法現象によるもの以外にありえない。紅い月に魅了されたローゼンロゼンジが、庭園の薔薇に手を加えたのだろう。あれだけ薔薇を大切そうに見つめていた彼がやることとは、本当に――信じがたいが。

「とにかく、こういう騒ぎに慣れた者の知恵を借りなければ話にならないと考えた。でも、アーロンさんはあまり具合がよくないと言っていただろう? だからあなたを探していた。危険に晒す気はないが、意見が必要だ。そら、見えてきたぞ。あなたはあれを、何と見る――?」

 眼下に広がる景色。上空から見れば十字時計の形に見えるはずのその庭は、しかし、全てが緑に覆われて何も見えない。近づくにつれて、その緑には白や赤の花が咲いているのがわかる――美しい薔薇だ。ローゼンロゼンジが世話を焼いていた薔薇たちが、異常なまでに増殖している。もっと言うのなら、増えているというよりは変質して巨大化しているのが正しい。

「魔王陛下にはこのことは伝わっているのかな……」

「いや――たぶん、まだだろう。わたくしが報せに行ったときも留守にしておられた。まさか陛下がいらっしゃらないときにこんなことが起こるなんて」

 ハーピストルはあくまで冷静にしようとしているが、彼女の焦燥は見て取れるほどわかりやすい。いつも落ち着いている彼女らしくないが、軍の責務から離れた今も、彼女の根本は変わっていない。戦って抵抗する力がない今、彼女に解決できないことが多くなりすぎて、論理エラーを起こしやすくなっているのも理由の一つだろう。助けたいものが沢山ある中で、彼女が伸ばせる手は僅か二本しかなく、かつてあった戦闘能力もほとんど失われているのだから。

 庭園の入り口付近に降り立とうとハーピストルが高度を下げていくと、不意に眼下の薔薇が蔓を伸ばしてくる。成長の速度が異常なのは遠目に見てもわかっていたが、植物であるはずのそれは、動物にも等しい行動力を持っている――!

「う、動いた!? いや、成長が加速している――この位置でも届くなんて……!」

「ハーピストル、そいつまだ伸びるぞっ。上へ!」

「――!」

 伸びる蔓は空へ逃げようとするハーピストルの足を捕らえる。意思をもって捕らえたというよりは、蔓を伸ばした先に優秀な魔力源を見つけて、それを取り込もうとしている――アウルからはそのように見えた。そう易々と養分にされるわけにはいかない。ハーピストルも、彼女の腕に抱かれていたアウルも抵抗を試みるが、絡みつく蔓を振り払うと今度はバランスを崩し、そろって落下してしまう。

 ぐしゃり、と潰れた音がしたのは、アウルでもハーピストルでもなく、この異様なものに変質した薔薇の一部だった。植物のくせに動き回る時点で既に真っ当な生物ではないのは確かだが、巨大化しているがためにアウルたちが墜落しても緩衝材になったらしい。不幸中の幸いだ。

「アウルくん、無事か? 怪我はしていない? あなたを危険に晒す気はなかったのに……すまない、わたくしの認識が甘かったせいだ」

「これくらい平気さ、ハーピストル。むしろ庭園の中に侵入する手間が省けたって考えよう。なんか上から見てる分でも、庭が迷宮っぽくなってるみたいだったしさ」

 周囲を軽く見渡してみても、前に訪れたときとは全く別の場所と言われても納得してしまいそうなほど、元の庭園の面影がない。あるべき道は巨大化した薔薇に覆い隠されて迷路を作り上げている。遠くに悲鳴が聞こえるが、逃げ遅れた人がまだ残っているのだろう――とはいえ、このような状況で救助に行けるかといわれれば、感情的なことはともかく、現実的には無理難題である。それに賢い選択肢でもない。彼らの救助は、既にほかの誰かが向かっていることだ。そこにアウルたちが加わっても、さして意味を持たないだろう。

 ――折角この迷宮に侵入できたのだ。

(冷静に考えろ――)

 ローゼンロゼンジは敵に回った。たまたまこの日を選んだのか、魔王が留守にすることを知ってこの日を狙ったのか――故意に花に魔力源となるものを過剰に与えて狂わせたのだろう。結果、あの美しかった庭園は害獣ひしめく怪物の腹と化した。

 だが、自然発生した癌ではないなら、その魔力源を取り除けば、この過剰成長は止まる。止めきれずとも遅らせることはできるだろう。魔法現象とはそういうものだ。

 無事に手紙が届いていればナイトオウルもそろそろ到着する頃だろうが、果たして合流できるだろうか。互いに薔薇の迷宮に行く手を阻まれる以上、上手く協力できるかわからない。切れるカードはいつだって限られている。だからこれが、現時点での最適の解答だ。

 ――魔力源を見つけ出す。それができるのは、今迷宮にいながらも、明確に目的をもって行動できるアウルとハーピストルだけなのだから。


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