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きみの黄泉路に花はない2  作者: 味醂味林檎
第三幕 ローズレッド・ローゼンロゼンジ

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第十一話

 アウルとナイトオウルは今、魔王カッサンドラのいる城を訪れている。先日の事件の顛末を説明するためである。尤も、多忙な魔王に謁見することは叶わず、代理であるダスクロウに報告する形だ。

 そしてそのダスクロウもまた、アウルたちの話を聞きながら他の作業に取り掛かっていた。曰く、人形修理であるという。

「この人形はローズレッド・ローゼンロゼンジといって、魔王陛下の庭師を務めている。きみたちもよく知るセイジュローさんの作品さ」

 成る程、言われてみれば眩い真紅の塗装や、胸元の星とも花とも取れるような装飾などは、セイジュローが人に売るための人形に施す細工そのものだった。紅蓮魔王のイメージに合わせているのか、随分と華やかだ。もっと言えば、このレイファン王国で信仰の厚いベエル神のモチーフである十字時計もデザインに組み込まれており、まさに献上品として作られたものという感じがする。

 とはいえその美しい青年の姿をした人形の目に光はなく、完全に機能停止しており、腹の中をダスクロウに探られている。

「昨日、月食みの襲撃にあってね――彼の魔宝石を狙ったんだと思う。結果として宝石を取られる前に救出したけど、ちょっと到着が遅れてしまってねえ、ご覧の有様さ。何機か取り逃がしたのも失態だったが、まあものを盗られなかっただけましなのかもね」

 壊れたパーツを取り換えるだけのことさ、とダスクロウは笑うように言いながら、何かの配線を繋いでいる。何故か人をやめてからのほうが、彼は以前よりずっと自然に見える。

「ダスクロウが修理をするんだ……」

 人が人形を直すのはわかるが、ダスクロウは外見上人形である。人形が人形を、人の補佐というわけではなく直している姿は一般的には珍しい。

「まあ、一応の知識はあるからね。本来なら制作者であるセイジュローさんに頼むのが一番良いのかもしれないけど、あっちはあっちで人気者で時間がない。しかし陛下にはお抱えの人形技師というのがいない。だったら俺がやるしかないって理屈だよ。自分でできる範囲なら自分でやるのが一番だ」

「なるほど……?」

「理にかなっています。魔王陛下はクラフト様の才を余すところなく使い切るおつもりなのですね」

「まったく人形遣いの荒いお人さ。午後の巡回までに修理しておけだなんて人形の身体じゃなきゃとんだハードワークだ。そんなことより、俺の手元は気にせず、話せることは話してもらおう。月食み以外にも厄介者がいるとなると、対処が面倒になってくる」

 レコーダ・メイディーヴァの起こした事件は、ここ最近の出来事としては非常に鮮烈で、街中がその話題で持ちきりとなった。

 この騒がれ方については、どうにもナルシスイセンを彷彿とさせる――とアウルは思った。メイディーヴァについては、姿は覚えているけれども、どう戦ったかについて記憶が今一つはっきりとしない。実際の具体的な被害についても、アーロンやメグたちから聞いた話だけでしか知らない状態だ。とはいえ、それだけでも非常に強い嫌悪感がある。どうにも相容れない雰囲気は、ナルシスイセンに対して感じたものと近い。尤も、厳密に言えばメイディーヴァは恐怖をばら撒いただけで、ナルシスイセンほど演出が上手くなかったので、彼ほどカルトチックな人気があるわけではないのだが。

 ちなみに、そのメイディーヴァの事件後、彼女の恐ろしさをよく覚えているかのジェラルド・ブレンは、警察を頼るべきであるというアーロンの忠告を無視したことを悔いているようだった。愛するクロエを危険に晒したのはそのせいであると嘆いていたが、とうのクロエは危ないところを庇ってくれたとジェラルドに惚れ直したらしい。二人は改めて結婚式を挙げたが、あのオルタンス夫人と似たおおらかさを持つクロエは、ジェラルド以上に大物なのかもしれない。

 さて、そんな中で、昨日の月食みの襲撃があったということだが、ダスクロウはその敵集団の中にメイディーヴァらしき姿は見なかったという。メイディーヴァもまた紅い月の力を得ている節が見受けられるが、果たして本当に月食みと無関係なのか、あるいは何かしら意図があって偽っているのかは定かではない。

「ううむ、そのレコーダ・メイディーヴァっていうのは気になるな。メイディーヴァ……メイディーヴァか。今まで俺が壊してきた月食みの下っ端連中とは違うタイプみたいだ。もっと情報があるといいんだけれど」

 ダスクロウが言う。これまでの調べでは、月食みの構成員のほとんどは思考能力が乏しいということだったが、メイディーヴァは確固たる意志を持っている。かといって、最初の事件のときにはたった一機で現れ、手下を連れている様子はなかった。もし月食みに与しているという説が正しいとしても、少なくともトップに立っているわけではなさそうだ。月食みと全く別の存在であるのなら、それはそれで改めて対応が必要になる。

「アーロン先生が彼女のこと何か知っているみたいだったし、改めて聞いてみるよ。僕も調べられることは調べてみる」

 メイディーヴァの素性は過去の経歴を調査すれば良い話で、現在の様子を知りたいならアウルには友の力を借りるという手がある。アウルが身につけている動物と対話する能力を駆使すれば、限度があるとはいえ、広い王都の捜索も可能だ。

(というより、僕にはそれくらいしかないんだけど)

 アウルは、魔力が豊かであるがゆえに腕から翼が生え、耳も羽に覆われているという、人らしからぬ外見をしている。適切に修行を積めば立派な魔術師を目指すことも不可能ではないと言われるが、現時点でアウルにできることといったら、動物との対話と、羽を使った僅かながらの飛行くらいである。あとは、アーロンから習った初歩的な薬草魔術だ。

 ダスクロウ――もといクラフトの遺産である彼の研究ノートも目を通しているが、まだそこにある魔術を会得したわけでもない。要するに、魔術師としてはあらゆることが中途半端な状態で、それでもその限られたカードを切るしかないのである。

(ブレン夫婦の結婚式のときのは、あんまりよく覚えてないし)

 どうも自分が何かしらやらかしたとは悟っているのだが、詳細を訪ねても皆口を噤む。アーロンもメグも、今隣にいるナイトオウルまでも。気を遣われているのかもしれないが、それゆえにわかってしまうこともある。記憶にないやらかしてしまったことというのは、口に出すのも憚られるほど問題があったということだ。それは全て、アウルの未熟のせいだ。

 とはいえ、一朝一夕でどうにかなることでもない。今はただ、やれることをやるのみである。アウルが意気込みを新たにしたところで、ダスクロウの手も止まった。修理は終わったらしい。

 ダスクロウが人形の肩を揺らすと、意識を取り戻したのか、彼――ローゼンロゼンジは起き上がって自分の腹部を確認する。

「ああ、本当に直っている――ダスクロウくんが一流の人形技師という話は嘘じゃなかったんだね」

「一流かどうかは知らないけど、きみを直す程度はわけないよ。蒸気エンジンも大して複雑な壊れ方はしていなかったし――とはいっても確認は怠れない。どうだい、何かしら活動するのに不都合なことは?」

「ううん、現状特に見当たらない。素晴らしい、パーフェクトに元通りの私だ」

 それから周囲を見回して、ようやくアウルたちの存在に気が付いたらしいローゼンロゼンジは、照れくさそうに頭を掻くような仕草をした。

「いやはや、お見苦しいところを見せてしまった……!」

「ええと、その、きみが寝てるところから見てるから今更だけど……はじめまして? 僕はアウル。こっちは」

「ナイトメア・ナイトオウルといいます」

「おお、これはどうもご丁寧に。はじめまして、私の名はローズレッド・ローゼンロゼンジと申します。魔王陛下にお仕えするしがない庭師の人形でございます」

「あっこれはどうも……」

 ローゼンロゼンジが思いのほか、ことさら丁寧であるので、アウルはついつられた。ダスクロウはその様子を観察しながら「思考回路、発声回路も良好と」とすっかり技術者の顔をしていた。何故か笑われているような気がするのは、アウルの気にしすぎというやつだろうか。

「とりあえず聞くことは聞いた、直すものも直した。そして俺はこの後王都の巡回だ」

「ああ、忙しいんだったね。じゃあ……」

 元々の用件は終わっている。アウルとナイトオウルは、魔王の希望に従って紅い月に関連することを報告しに来ただけだ。別にもてなされたいわけではない。

 席を立って出ていこうとすれば、ダスクロウが「ああそうだ」と思いだしたように言う。

「ちょうど今庭園の開放期間なんだし、折角ここまで来たんだから帰る前にちょっと見ていったらどうだい。ほら、ちょうどローゼンロゼンジもいるし。動作テストがてらアウルくんとナイトオウルを案内したらいい」

 その誘いに対して、興味があるのは事実だった。基本的に王城というのは許可がなければ立ち入ることができない場所で、庭も同様である。噂に聞く庭園は、それは素晴らしいものというが、開放期間でなければ一般市民はまず見ることができない。珍しいもの、美しいものに惹かれるのは、人のどうしようもない本能である。

 それに、アウル以上にナイトオウルが興味津々だ。いくら彼に動かせる表情がないといっても、妙にそわそわしているのは誰でもわかる。わかりやすい。

「ナイトオウル、見ていきたいんだね」

「はい、庭園というのはあまり見たことがありませんし、興味深いです。それが魔王陛下ご自慢のお庭とあらば」

 アウルも全く興味が湧かないわけではないし、ナイトオウルがこれほど望んでいるのなら、折角なら厚意に甘えたい。しかし本当に良いのだろうか。ダスクロウの提案とはいえ、実際に案内をするのはローゼンロゼンジである。

「陛下のお庭ならこの私が誰よりも詳しい! そう、詳しいのです! 私はこの一機しかおりませんので、私の案内はそこそこ貴重ですよ! この機会にぜひどうぞ!」

 面倒ではなかろうか――と想像したことは、全てアウルの杞憂だった。ローゼンロゼンジがここぞとばかりに自分を売り込むようなことを言うので、これなら気兼ねなく案内を頼めるというものだ。

「紅い月の調査もあるって言っても、急いだからって変化があるものでもないだろう。肩の力を抜くことだって必要なものさ、アウルくん」

「それじゃあ――うん、お願いしようかな」

 ここのところ何かと忙しかったことだし、息抜きにもちょうどいいかもしれない。




◆◆◆




 魔王の庭園は、どれもこれもがよく剪定された木々ばかりで、いっそ作品と呼んでも良いほど『造り上げられた』場所だった。

 そもそも、この庭園自体は魔王カッサンドラより以前の国王によって建設されたものだという。上空から見ると十字時計のようなかたちに見える、神のための庭らしいが、現在はある種の観光地と化している。

 いくら地元の観光地でも、アウルにとっては初めての場所だ。以前の彼には、こういった場所を訪れるという余裕がなかった。これはこれで新鮮である。

 ナイトオウルも辺りを見回して観察している。それが知識欲からくるものなのか、視界に入る景色の美しさに心動かされるものがあるのかは判別がつかないが、目新しいものに興味津々という意味ではどちらも似たようなものだ。

 ローゼンロゼンジは庭の薔薇の説明に熱心で、ナイトオウルもよく聞いているのだが、アウルからすると「そういうものなのか」以上の感想は出てこない。薔薇に興味が全くないとは言わないが、品種や育て方になるとそこまで手を伸ばす気がないからかもしれない。

 ――ので、話題を一つ変えてみることにする。

「そういえば、ローゼンロゼンジはセイジュローさんの作品なんだよね。じゃあ、兄弟機とは仲いいの? ほら、コバルトブルームとか」

 これもまた気にかかっていたことだ。人形技師がたった一機だけしか作らないということは稀である。特にセイジュローは何体も制作しているし、そのどれもが高評価だ。人形にとっての兄弟機というのは、人にとっての家族と近い存在なのだろうか。そうした疑問を口にすれば、ローゼンロゼンジは胸を張って肯定する。

「ええ、もちろんですとも! 最近はよく麗しいレディと同伴で来るのです。翼のある人形なのですが、嫋やかな方です」

 レディ――それは恐らく、アウルの友でもあるハーピィ・ハーピストルのことだ。コバルトブルームと親しい女性型の人形といったら、彼女くらいのものであろう。どうやら仲睦まじいようで何よりだ。

「色づいているというやつです。まったく、いつの間に」

「言い方が悪すぎる」

 それも親しいからこその口の悪さだろうけれど、ローゼンロゼンジがまるで子供のやることを咎める親や教師のような言い方をするので、何だか面白い。随分と感情豊かで、その表現の仕方をよく知っている人形だ。

 一通り庭を見て回って、最後に辿り着いたのは大輪の花が咲き誇る紅薔薇の樹であった。他の薔薇よりも大きな樹で、花弁は血のように濃い赤が印象深い。

「これはカッサンドラ・レイファン・レッドという品種の薔薇です。これは私が作られるよりずっと前からここに植わっているのですが、まさに紅蓮魔王たる陛下に相応しい絢爛さのある薔薇でしょう」

 ローゼンロゼンジが薔薇を見つめる硝子の目は、どこか優しげである。単純に職務としてだけでなく、彼はこの薔薇に愛着を抱いているのだろう。確かに美しく華やかで豪奢な薔薇だった。

「神のための庭園とはいえ、陛下のための花園でもある。最近は何かと騒がしいですから、せめてこの庭が陛下の御慰めになればよいのですが」

 近隣諸国との戦争やその後始末。国内でも紅い月を追って調査を続けなければならない、無論それ以前にあれこれの裁定もある。多忙な魔王が庭園へ足を運ぶだけの余裕があるのかどうかも怪しいが、心の籠った庭園である。きっとそれが無駄になることはないだろう。

 これ以上見て回ることもないので、アウルたちはローゼンロゼンジに礼を言って帰路に就く。彼のために、魔王のためにも、気合を入れ直そう。

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