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きみの黄泉路に花はない2  作者: 味醂味林檎
第二幕 レコーダ・メイディーヴァ

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第八話

 ナイトオウルの導きで、ホテルの裏へ走っていくと、そこに司祭が倒れていた。近くに引き千切られた縄が落ちているのは、ナイトオウルがやったらしい。

「司祭殿が縛られていたのを発見したのです。気を失っておられるようでしたので、どこか悪いのかもしれないと思い、途中で見つけたベルボーイに医者を呼んでいただいているのですが……医者はまだのようですね。私とアウル殿のほうが先についたようです。アーロン殿にも知らせねばと思ったのですが、今どこにいるかわからず……」

「式の前にジェラルドさんと警備の相談するって言ってたしね……それにしても誰がこんなことを。司祭様?」

 アウルが声をかけてみると、司祭は呻き声を上げながら、薄らと目を開けた。

 はくはくと口が開く。何か言いたいのだと察してアウルが耳を近づけると、か細い声で「若い娘が……」と聞こえた。

 司祭を襲った者だろうか。しかし、彼の体格は見たところ恰幅がよく、嫋やかな乙女にどうこうできるようには思えなかった。詳細を聞こうにも、すぐにまた気を失ってしまったのでそれも無理だ。しばらくしてホテルの医務室に勤務する医師を連れてベルボーイがやってくる。司祭の体調については彼らに任せてしまったほうがよさそうだ。

 それよりもアウルたちは早く戻らなければ。司祭がこうして襲われていたということは、犯人はあの予告状の怪盗かもしれないのだ。このことをアーロンとジェラルドに速やかに報せなくてはならない。

「ああ、それにしても不幸中の幸いだ。代理の方がいらしているから、式は遅れずにすみます」

 ベルボーイが呟いたその言葉を、アウルは聞き逃しはしなかった。

「代理の方って、誰か呼んだんですか」

「司祭様に呼ばれたと聞いていますが……」

 ベルボーイはそのように言うが、それはおかしい。

「待ってください。司祭殿は気を失っておられたのだ。私は医者やアーロン殿を探していただけで、他に誰か言伝を頼める者は来ていない。そんな代理を呼ぶ時間などないはずです」

 ナイトオウルのその言葉が、決定的だ。

「――その代理、本物じゃないぞ!」




◆◆◆




 マーガレット・エストレは、式場にアウル、そしてナイトオウルの姿が見つからないことを不審に思っていた。

 ――もうすぐ式が始まるっていうのに、一体アウルくんたちどこへ行っちゃったのかしら。

 彼らがここに来ているのは仕事のためとはいえ、表向きには一般のゲストと同じように振る舞い、式場に出入りしている。つまり、本来なら他の客に紛れて、式を見守っているはずなのだ。それなのに、彼らの姿が見つからないのは奇妙だ。

 アーロンは式場に現れたが、アウルたちを伴っていない。祝いの席でありながら、その表情はどこか固く見える。遠目に見た限りでは、ちらちらと周囲を見渡しているような様子だ。それは探し物をしているような――そう、普段の冷静さが少し欠けて見える。姿の見えないアウルたちを探しているのだろうか。

 そうであれば、やはり変だ。アウルたちがアーロンの指示とは違う動きをしていることになる――やはり何か問題が起きているのだろうか。背筋が薄ら寒い。妙に胸騒ぎがする。

「どうかしたかい、メグ?」

 父アントニオの問いかけに対して、メグは「なんでもないわ」と返事をした。

 ここで落ち着かない気持ちを露わにするわけにはいかなかった。それは結婚の祝福をしに来た淑女のすることではない。何よりエストレの名を背負う者として、そのような醜態をさらして周囲に混乱を呼ぶような真似はできない。ヒステリーを起こしていいのは恋しい人に対して自分をか弱い乙女に見せかける時だけで、逆に本当にトラブルがあったとしても冷静に状況判断をし、適切な行動を取るのが本物の淑女である――少なくともメグ自身はそのように思っている。そしてそういう緊急事態に対する適応能力は、父よりも自分のほうが多少ましであるとも。

 今はまだ、問題が目に見えているわけではない。見えないものに必要以上に怯える姿を晒すことは、彼女自身の誇りにかけて許されない。

 しかしながら、憂いは解決できないままだ。それでも時は止まらず、式は始まってしまう。まだアウルたちは来ない。

 新郎のジェラルド・ブレンが祭壇の前に立ち、入ってくる新婦を待つ。

 無垢な花嫁によく似合う、純白のドレスだ。いつかあんなドレスを自分も着たいと思わせるような、女性の憧れを詰め込んだ洗練されたクロエのドレス。ゆったりとした足取りで、夫となる男のもとへ向かう。

 二人が揃い、司祭が二人に問いかける。曰く永久の愛を誓えるか。時を司るベエル神の前で永久を誓い合うことは、本来とても重い意味合いを持つが、愛し合う二人の前にはそのような重みなどあってもなくても変わらない。返事は当然是であり、司祭の合図で証の指輪が運ばれてくる。

 それは、青い輝きを持つダイヤモンド。透き通る煌めきは、美しい花嫁のためのもの。彼女に捧げる愛の証は、夜空の星が地上に落ちてきたかのように眩しい。

 ジェラルドが指輪を取ろうとすると、司祭がくすくすと笑う。――笑う?

「ブレン殿、その司祭から離れろ!」

 突如として、アーロンの声が静寂を破って鋭く響く。

 ジェラルドが振り返ろうとした次の瞬間、オルガンが歪な音を立てる。祝福の音楽ではない、奏者はまだ触れていない。それなのに、式場には思いきり鍵盤を全部打ち付けたような、耳障りな音が響き渡る。建物全体を揺るがすかのような音波が、ステンドグラスの窓を全て叩き割る。粉々になった硝子片が席につくゲストへと襲いかかる――!

「伏せるんだ、メグ!」

「パパ!?」

 メグの父アントニオが上に覆いかぶさる形で、娘を庇って伏せる。さくり、と肉が裂ける嫌な音が聞こえる。これは怖いことの音だ。心臓が破裂しそうなほど、どくどくと脈打っているのを自覚する。メグの目に映るのは父の苦悶の顔と、腕の隙間から僅かに覗ける祭壇の様子だけだ。

「きゃあああ――――っ!」

「クロエ!」

 ジェラルドが咄嗟に花嫁を庇っている。降り注ぐ硝子片に傷つけられ、白い衣装を赤く染める新郎を、司祭が見下ろしていた。その手には、運ばれてきた指輪がある。



「噂のブルーダイヤ、確かに魔力を感じるわ。ウフフッ、ああ――本当におばかさん。大事なモノは手放しちゃダメってママに習わなかったのかしら?」



 司祭の姿が、ぶれる。魔力を操ることに長けた魔族ですら見破れないほどの、強い魔力によって引き起こされていた認識疎外が取り払われる。雪が水に変わるように、幻影が解ける――そこにいるのは司祭などではない。黒い衣装を纏う、長い髪を二つ結びにした女性だ。

 それが人ではないことは、一目見ればすぐにわかる。いかに美しいなめらかな身体で、美しい少女の顔をしていようとも、彼女の瞳は、あからさまに硝子でできているのだから――!

「お前が予告状の怪盗かっ! 誰か、こいつを止めろ!」

 ジェラルドが叫ぶ。警備員たちが彼女を捕らえようとするが、彼女はくすくすと笑って、麗しい声で何か歌いながら、一番手前の男を指さした。彼女の指先から物理的な破壊力を伴う魔力の弾丸が発せられる――それは大の大人を容易く吹き飛ばすほどに威力を持っている。攻撃手段となり得るほどの魔術は、並の魔術師とは比べ物にならない。

「やだ、カエルが潰れたみたいな声だわッ! どうせならもっとカワイイ声でコーラスをやってよね。このレコーダ・メイディーヴァの記念すべき最初の舞台なんだから!」

 無邪気な笑みとは裏腹に、彼女のやっていることは災厄そのものだ。警備員たちが彼女の指先一つで薙ぎ倒されていく中、ゲストとして呼ばれた者たちは信じられない光景に悲鳴を上げ、恐怖を撒き散らす黒い娘から逃れようと席を離れて走り出す。

 冷静であるものは恐ろしく少なかった。我先にと醜く逃げ出そうとする者たちが、互いの逃亡の足を引っ張る。狭い出入り口へ向かって駆けだす彼らの勢いに負けて、アントニオとメグは取り残された。

 黒い人形の娘――メイディーヴァは、そうして逃げ遅れた者たちのことは見えていないようだった。見えていないというよりは、見る気がない。彼女にとって、取るに足らない些末事にすぎないのだ。

 今のうちに逃げられれば良いが、負傷した父はとてもではないが自力で走れそうにはないように思えた。ぐったりとして、最早娘を庇うどころでもない。メグにはそんな父を背負えるほどの力はない。ならば、このまま恐ろしいあの人形が、こちらを向かないことを祈るしかない――ただ息を殺して、死人のように。

 僅かな視界から見えたのは、ただ一人残っているアーロンの姿だ。扉から外へ逃げ延びていく人々の中でただ一人だけ、人形に対峙している。

 彼が指を鳴らすと、小さな炎が指先に点る。魔術だ。魔王のように強力な魔術師でなくとも扱える、初歩的な魔術のひとつ。けれどこの状況で冷静さを失わずに魔力に形を与えられるのは、彼が一流の魔術師であるからだ。そして火というのは、燃える対象さえあればより拡がるものである――最小の魔力で対象を傷つけられる、ある種の戦闘技術だ。彼が放った火は人形の髪の端や衣装の裾を焼いた。

 人形の娘は怒り狂って金切り声を上げながら、慌てて消火にかかる。ものが燃える焦げ臭さが漂う。

「ちょっと、なんてことしてくれるのよ! 十字時計の針で串刺しにされたいのッ!?」

「指輪を返してもらおうか、歌人形」

 アーロンの呼びかけに、彼女は興味の方向性を変えたようだった。

「――あら、もしかしてあたしのこと知ってるの? んん……どっかで会ったことある?」

「先のシインアーツ大戦のとき、兵舎病院に慰問に来ていただろう。もう二十年近く昔になるが――お前のような旧式機械アンティークがまだ稼働しているとは」

 メグから聞こえる限りでは、どうやらアーロンは襲撃者を知っているらしい。人形はいかにもわざとらしく溜息をつく。

「いやだわ、女の歳を指摘するのはマナー違反なのよ」

 鈴を転がすような愛らしい声色で文句を言う彼女は、指輪を奪いに来た危険な存在とは思えぬほど、ただの少女のような顔をしている。けれどそれがまた異質だ。なんと無邪気に悪を成すことか。それが彼女の性質なのか。

 くすくすとただ愛らしい声で笑って、彼女は「でも」と口を開く。

「思い出したわ、あの時のお医者さんね、あなた。キッツイ物言いは全然変わっていないのねッ! 今となっては懐かしいわ――歌いたくないつまんない歌をせがまれ歌わされていただけのあの頃が」

「たかが歌人形だったお前が、どうしてこれほどの魔術の使い手に改造されたかは知らないが――いや、まさかお前が『月食み』とかいうやつか?」

「なあにそれ?」

 小首を傾げる仕草のひとつでさえ、彼女が人に癒しを与え、人に愛玩されるための歌姫であったことは何よりも明らかなのに、歪だ。にわかには信じがたい光景だ――あのようにただ可愛らしい少女の顔をしておきながら、恐怖と破壊でこの場を制圧しているのもまた彼女であるなどと。

「月食みっていうのが何かはよく知らないけど――あたし、紅い月は食べたわ。紅い月に選ばれたのよ! すごく特別な存在としてッ!」

 だからこそこういうことをするの、と彼女は奪った指輪に口づけを贈る。

「心があるのに人の奴隷なんかやってられない。だからあたしは踏み出すの。あたしは何からも自由になり、あたしという新しい人種を世界に知らしめる。そのためにはもっと力が必要だから」

 魔力を帯びるブルーダイヤが青く輝く。蠱惑的な微笑みを浮かべて、彼女は、アーロンを指さす。

「邪魔よ、ドクター。雑魚は引っ込んでなさいよ」

「ふん、好きに言うがいいさ。確かに私は魔術師としては平凡だが、これも仕事だ。尻尾を巻いて逃げ帰るわけにもいかないんでね。せいぜいお前の足を引っ張ってやるさ」

「まあ。たかが医者の分際で、英雄気取りかしら。おかしくって笑っちゃう! あたしの花道に土足で踏み込むには、あなた相応しくないわッ!」

 彼女の指先から放たれる魔力弾が、アーロンへ向かっていく。蛇が獲物を突け狙うように正確に、いくつもの攻撃が彼へと襲いかかる。

 対するアーロンは、懐から小瓶を取り出し、指先の炎を瓶の中身に点す。魔力を増幅させる魔術薬の一種だ。魔術によって作られた炎が薬を焼きながら形を変え、瓶すらも飲み込んで狼のように吠える。揺らめく灼熱の狼が、メイディーヴァの魔力弾に噛みつく。

 魔術勝負だ。魔術を戦闘手段として利用すること自体が難しいことだというのに、そんなことが実際に行われているとはすぐには理解できない。けれど現実にそれはメグの視界に入っている――。

 けれど、実力は拮抗しているわけではなかった。初めのうちは炎の狼がアーロンを庇っていたが、一向にやまぬ勢いに次第に劣勢になり、それを嘲笑うかの如く、彼女の美しい歌声が不似合いに響いている。いよいよ薬による増幅が切れて炎が形を保てなくなると、魔力弾がアーロンの片足に命中し、彼は出血の痛みから動けなくなる。




 ――そうなれば勝負はついたと言っていい。最早狙い撃ちであった。




 一発の魔力弾が無慈悲に彼の身体を貫く。悲鳴を上げそうになりながら、メグはそれを無理矢理に飲み込んだ。

 アーロンの身体が床に崩れ落ちる。それとほぼ同時、外から誰かがやってきた。足音は二人分ある。

「アーロン先生……?」

「これは、一体――」

 聞き慣れた友人たちの声がする。ああ――なんということだろう。なんというときに、彼らは戻ってきてしまったのか。

「あら、新しい観客?」

 人形の注意が、そちらに向く。

挿絵(By みてみん)

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