逃げたい男 2
城壁のすぐ近くまでやって来た。
ちなみに会話はなかった。
手の甲の紋章など気になる事は沢山あったが、このままうやむやにならないかと言う希望を込めて、聞かないでおいた。
周りは平地で麦らしきものが植わった大規模な畑が広がっていて、主食がそれである事が知れた。この畑だけでかなりの人口を支える事が出来るだろう。しかし、窒素固定方が知られていそうにないこの世界では土地範囲あたりの収穫量が少ないだろう事が容易に想像できる。つまり、あの美しい穂波は8割型奪われると言うわけだ。
門に続く道は右左に緩くカーブし、道のりには結構な人通りがある。
目の前の城壁の石は、緻密に高く積み重ねられ建築技術の高さを、壁の中程と最上に設けられた狭間窓と狭間は飾りではなく、実戦的な防衛施設である迫力と威圧感を与えた。
高さは20メートルほどか…かなりの高さだ。横幅もかなりある。俺の知識に当てはめると、三國志の城塞都市みたいに見える。城塞の入り口はお決まりの跳ね橋で、門は開けていた。
「彼処が入り口ですよ!あっ、兵隊さ〜んっ!」
見覚えのある人物なのか、ミューゼは門衛に向かって背伸びしながら両手を振り始める。
フードが外れ、銀髪が露になった。
「…ひ…さ……!」
距離があるので良く聞こえないが、門衛は見るからに取り乱し槍を放り出して門の中を振り返った。
慌てすぎ…ではないか。権力者の血族が行方不明から戻ったんだ。慌てもするか。
門衛が門の中に大きく動作すると馬の嘶きと蹄の音が響いた。
なんだと思う暇もなく、甲冑を着た騎兵が2…3…7騎、跳びだして此方にやって来る。
前にいた人々は畑の中に素早く入りこみ、道を開けた。訓練されたような動きに見とれていると、騎兵達に囲まれてしまった。
…囲まれるのはよしとしよう。だが、槍を向けられるのは勘弁願いたい。
「御迎えのようですね。わた」
「姫!良くぞご無事で!心配しましたぞ!……バートン、捜索中の部隊を呼び戻せ」
ミューゼに話しかける暇もなく、兜に赤い羽根飾りの騎兵が下馬して跪つき、兜を外して話し出した。
「ダリっ、ごめんなさい!」
良く見知った兵士のようだな。立派な鎧兜からして騎士というやつか。
このままうやむやな感じで去れれば言う事はないんだが。
「ようごさまいました、ミューゼ様、私はこ」
「動くな!何者であるか!…名乗りたまえ!」
ですよね。
騎乗した槍持ち達は俺に向かって一斉に槍を突き付けた。
こうなるような気がしていた。俺の風貌はとてもじゃないが立派には見えない。良く見えて平民が関の山だ。
「えっ?ま、まって!ケンヤはっ」
「御下がりください。大丈夫、心配する事はありません」
貴族の子女が誘拐されました、帰って来ました。めでたしめでたし。……には、ならないよな。
貴族は血筋の生き物だったはず。それなりの年齢の少女なら命よりも大事なものがある。
知らぬ男と帰ってきて、ありがとー、さよならー。じゃ、済まない。潔白が証明されるまでは拘束されるのを覚悟していた。
会って1日だが、見知ったミューゼの性格なら積極的に擁護してくるだろうし、な。
俺は地面に座り込みあぐらを組んだ。好きにしてくれ。
「私の名はケンヤ・フワ。森で暴漢に襲われていたミューゼ様をお助けした次第。姫君が心配だった事は察するが…槍を向けるなら使者を立て、正当な理由を述べるのが礼儀ではないか。それとも、無抵抗の者をつき殺すのが名高いローレリアのやり方か」
◯パ様はそんなような事を言っていたぞ。昔見たアニメのセリフを引用した。
「む、貴殿、それなりの勲位をお持ちの様子。何故そんなような格好を?いや、とにかく立たれよ…全騎下馬せよ」
無位無冠どころか職も住所も無いんだが。
カシャカシャと甲冑の音が響き、取り敢えず槍を向けられる状況は回避出来た。
「…そちらの憂慮は心得ております。潔白が証明されるまで大人しく従いましょう」
無抵抗かつ協力的態度で友好を示す。助けた状況などを聴かれると不味い事になる。助けるも何も、ミューゼに気づいてすらいなかったし、あまつさえ石をもって追った。
俺は緊張で顔が強張るのを自覚した。
「申し訳ない」
ダリが手を軽く振ると騎兵の二人が俺に向かってくる。縛られるのか?…いや武器か。
武器を外そうと手をかけた瞬間の事だった。
「だめ〜〜〜ッ!」
ミューゼが両手を広げて騎兵に立ち向かう。
「はっ?」
「え?」
騎兵達は呆気にとられた。
「やめてっ、ケンヤは何にも悪くないのっ」
いや、それは恐らく皆さんに御理解頂けただろう。
「はい、姫様。このダリ、他の者達も解っておりますゆえ。ただ暫くは我等とともに居ていただきたく」
「いやっ」
ミューゼは手のひらを握りしめふるふると頭を振った。
年頃の子供は経てしてそうだが、理屈が通じない。
だが、今の俺にも理屈は通じないぞ。周りを厳つい甲冑に囲まれたうえ、更に民衆が輪になって囲んでいるのだ。理屈抜きで恐怖しか感じない。
走り去ってやりたい。
「ミューゼ様、ご心配なく。危害を加えられる訳ではありません。無抵抗の人間を痛め付ける。ダリ殿はそんな方ではないでしょう」
「わかっているわっ。でも、だめっ。ケンヤは私と来るの!」
…おい、何なんだこのなつかれようは。俺は容姿が良いわけではない。痩せた体躯に少し痩けた頬。伸びた髪の隙間から隈の出来た死んだ魚のような濁った目が覗くと言う、不気味で不吉な感じだ。このダリみたいに金髪に青い瞳、整った目鼻立ちという爽やか三組とは違うのだが。
「姫、落ち着いて。何故そのように…」
ダリの口調が近所の兄さんっぽくなった。
普段はこういう喋り方なんだろう。かなり親い間柄か。
近衛兵とか?そうするとミューゼはかなり高位の貴族?
そう言えばどの貴族位から姫とか使うんだろうか?
……ふらふら外に出るくらいだから、規模の小さい領主の娘かと思ったが、この都市だけでとんでもない規模だ。これが小領主なら全体では超大帝国だろう。
不安がじりじりと俺の胸を焼いた。
「ケンヤは、私のシノンなのですよっ!」
俺の苦悩を他所に、腰に手を当て胸を張りながらミューゼは誇らしげに叫んだ。……シノン?なんだそれは?
「なっ!なんとっ!?」
ダリは仰け反って驚いた。
周りの人々も、ざわざわ、ざわざわ。どよめきがうねる。
「本当ですか!ケンヤさん!!」
グリンッ!と、此方を向いたダリは掴み掛かって問うた。
本当も糞も、シノンとは何なんだよ!?
相当重要な事らしいが、ここでシノンとは何ですか?と、聞く勇気はない。
俺は後ろめたさから沈痛な面持ちで取り敢えず頷いた。
「…なんと言う…では、王家の紋章も刻まれて…。どうか、拝見させて頂けないか?」
感極まったようなダリは俺に王家の紋章とやらを見せろと迫った。…なるほど、昨日会って1時間もしない内に刻まれたあれの事か。
俺は無言で右手の手甲を外し手の甲を見せた。
「おぉ、まさにキングオブドラゴンロード!王家の紋章!!」
王者の星じゃなくて良かったな。
言葉にされて叫ばれると、何故か胸がうにゃうにゃする。
やめていただきたい。
と、言うか、そんな貴重らしい紋章とやらを、見知らぬ人間に刻みこむ君たちの姫様は相当おかしい。
何故か受け入れている君たちも凄くおかしい。
…俺がおかしいのか?
ひねくれているだけなのか?
…よく解らなくなってきた…。
この街に心療内科はあるのだろうか…睡眠薬が欲しい…出来たら抗うつ剤も欲しいな…。
人物像をしっかり維持する事は難しいですね。
言葉使いやリアクションなど、勝手に動き出すと言うか、暴走すると言うか。
行き当たりばったりの書き方ではそうなるのでしょうか?