逃げた先には 4
いつものように。
大好きなローレリアの街を見て廻る。
大きな時計台を横目に。
屋台のおじさんにご挨拶。
優しい人たち。穏やかな街並み。
ローレリアにはスラムが無い。
それは私の自慢です。
……いえ、お父様が頑張った結果で、私は何も出来てないのですけれど。
と、とにかく、平和で美しいローレリアが大好きなのです!
私はお馬さんに跨がり、街の外に向かいます。
お母様が好きだったあの湖にお出かけです。
街の門で兵隊さんにご挨拶。
……通してくれません。
「いや、いやいや、お一人で?駄目です、外は危険ですぜ。通せねえですよ」
う、うぅ。私ももう14歳、大人です。門から見える麦畑には私より小さな子も働いているではないですか?…通して欲しいな……。
「うっ…いや!そんな目で見ても、駄目なものは駄目でさっ!少なくとも、護衛が6人は居ないと通せません。」
お城のみんなは忙しそうですし、騎士様たちは大きくて怖いです…。仕方ありません。最終手段です。
「おっ、わかってもらえました?気をつけてお帰りくだせい!」
兵隊さんは笑顔で手を振ってくれます。まだ諦めませんっ。秘密の通り道を使いましょう。
お馬さんを教会堂に預け、裏手にまわります。
見事な薔薇園が広がっています。城壁沿いにある薔薇園には子供たちの秘密があるのです!
蔦に覆われた壁には割れ目が…ありました。ここから脱出です!…あ、あ、引っ掛かりましたっ?!えいっ、や、や、……ふぅ。
外套がすごく汚れてしまいました。怒られるかも…。うぅ…。
色んな冒険を経て、やっと湖までたどり着く事ができました。
私は岸辺から少し離れたリクリーの木の下に座り込み、湖を眺めました。
「……きれい」
光を反射した湖面はキラキラと輝きに満ちて、光の聖霊たちが踊っているように見えた。
「なんだか、眠くなってきましたね…」
少しだけ、お昼寝しましょう……少しだけ…。
「おい、本当に大丈夫か?売り先に当てがあんのかよ?」
…人の声
「あぁん?心配すんなって!この見た目だ、何処でも高値で売れるだろうぜ。へへ」
「もう日が沈むからよ、明日には金に替えようぜ。貴族だったら、足がついたらヤバイしよ」
……お買い物?あれ、私どうしたんだっけ?
うっすらと目を開けると、そこには
「グルルゥ」
ひ、な、え、お、狼?!
「イヤ〜〜〜〜〜!!!!!」
「うわっ!」
「ヒイッ?!なんだ!」
何時の間にか森の中で知らないおじさんと狼に囲まれています!
「こ、このガキッ!ビビらせやがって!静かにしろっ!」
怖いおじさんが剣を抜いてこっちにきますっ!狼も今にも跳び掛かって来そう!
「や、いやっ!ひ、光よ!」
助けてください!光の聖霊様っ!
刹那、私の手から光が溢れ、辺りを白く染め上げた。
「グアッ!目が!糞が!」
「こいつ、魔法使いかッ!目が見えねぇ!だから縛っておけと言っただろうがッ!馬鹿ッ!」
「うるせぇ!そんな事言ってる場合じゃねえッ!」
い、今です!
私は急いで立ち上がり、必死に逃げ出しました。夕闇が迫る森の中を一人。
風の聖霊の力を借りて、走る。
あぁ、兵隊さんごめんなさい。本当に外は危険なんですね。勝手に外に出た事を謝らないと。
走り続けた私は開けた場所に出ました。大きな岩が重なりあったり転がったりしています。
「…か、風の聖霊よ」
私は風の聖霊の力を借りて一際大きな岩の上に飛び乗ります。息を殺して、岩にペッタリと張り付きます。
怖いおじさんたちが来ました!…こちらには気付いてないみたい。でも、狼が此方を見ていますっ。
私は隙を見て屋台のおじさんにもらった焼き菓子を少し離れた岩の上に投げました。
えいっ、やった!上手く乗りました!
狼はお菓子が気になるのか岩の周りをぐるぐるしています。
ふぅ、ちょっと安全しました。…でも、これからどうしましょう。
不安で涙が零れそうになった時、その音は響きました。
カカーン!!
びっくりして振り向くと、狼の悲鳴。男の人の叫び声。またあわてて視線を戻すと、狼はやっつけられていました。……え、グレイウルフをこんなに簡単に?
項垂れた男の人に忍び寄る怖いおじさんたち!
あ、危ない!宵闇の聖霊よ、危険を知らせて!
次の瞬間、彼はおじさんの首を跳ね、胸を剣で突き刺すのが見えた。
助かった安堵より、目の前で人が死んでゆく。それが恐ろしくなって目の前が暗くなってゆくのを自覚した。
あぁ、でも、あの人も辛いのかな…あんなに悲しそうな顔は見たことありません…私がここに逃げてきたばかりに巻き込んでしまいました。
でも、逃げ出した先に、貴方が居てくれてよかった。意識が落ちる瞬間、私は根拠もなくそう感じたのでした。