逃げた先には 2
「…ここは何処なんだろうな」
拠点に向かいながらポツリと呟く。
生えている木々は見たことあるようなものだったが、虫はどれも見たことのない色をしていた。日本にいて紫色とピンク色のイモムシや白いムカデなんかお目にかかることはない。
「…訳がわからない」
不意に胸を締め付ける不安と孤独感。
それを掻き分けるように手にした棒きれで草木を払いのける。
日はだいぶ沈んだ。夕闇が迫り、薄暗いオレンジに染められた森は不気味としか言いようがない。
足場が悪いうえに暗くなり、焦る心とは逆に遅々として前に進めない。
「…くそっ!」
久しぶりの怒りを感じながら、方角を見失って無いことに安堵し、拠点へと急いだ。
拠点に近づくと違和感を感じた。何か居る。
しばらくの間、自室に閉じ籠っていた男は気配に敏感になっていた。抱え、引きずっていた荷物を放り出し、反射的にしゃがむ。
「…なんだ?何が居る?」
心臓は激しく脈打ち、手は緊張で震えた。
日は完全に落ち、月の光がそれの影を映し出した。
「ッ、…犬?狼?」
大型犬位の大きさの犬のような動物が一体…。拠点の手前、大きな岩の辺りを彷徨いている…。
「どうする…?」
出来る事なら逃げ出したい。だが当然、逃げ先に当てなどない。
夜の森をあてもなくさ迷うなど、平和ボケした地上の者でも自殺行為だとわかる。
ましてあの狼みたいな動物が他にも彷徨いているだろう事は、想像に固くない。
いつまでもここに居て気付かれない保証もないし、見つかれば逃げ切れないだろう。
「追い払うしかない」
武器は棒きれと、石つぶて。
相手には毛皮がある。打撃には強いだろう。棒きれで突き倒すしかない。…覚悟を決めた。
「ふッ!」
鋭い吐息とともに投げ出した石つぶては放物線を描き、狼を通りこして木々にぶつかると派手な音を出した。
カカーン!
唸り声をあげていた狼は、弾かれるようにうしろを見た。
『今!』
駆け出し、石つぶてを差し出すように投げる。
狼が振り返り身構える。
石が狼の眉間に当たった。
棒きれをビリヤードのキューのように構え、走り寄る。
狼が牙を見せ飛び上がった。
俺は膝を付き姿勢を下げた。
突き出した棒きれは狼の下顎に突き刺さる。
狼の悲鳴。
俺の叫び声。
全力で地面に縫い付けた狼。
首の折れる音が、振動として俺の全身を震わせた。
「はぁ…はぁ…はぁ…」
不思議と恐怖や罪悪感は感じなかった。ただ徒労感がどうしようもなくのし掛かってくる。
何故?何のつもりだ?そう心の中で問いながら、振り向きざまに棒きれを突き込んだ。
「ギャッ!グベァ!」
鎧を着た人影の喉を押し潰した棒きれは二つにへし折れた。
喉を庇い踞る男の腰から剣を引き抜き、首に一撃。
真横に転がり、剣をかわす。もう、一人。
罵声をあげる男。
どうでも良いこと。
大振りな剣。
岩を盾にかわす。
弾かれた両腕。
後は突き出すだけ。
もがき倒れる敵。俺はそれの心臓を突いた。
「…何だったんだ、コイツらは」
強盗?…こんな森の中で?
とりあえず荷物や武器は頂くとしよう。
「まるで、ゲームだ…現実感がないな…」
「長剣とナイフが2本、マント、胸当てと籠手にすね当ては使える」
他は血塗れだし、ブーツやズボンなんかは使いたくない。
奪い取った武器と防具を身に付ける。見た目より遥かに軽い。…鉄に見えるが鉄じゃないのか?アルミやジェラルミン?…しかし、錆が見える…。
考えても仕方がない。強度に不安が残るが、ないよりはましだろう。脛や肘が簡易的にでも守られていれば、思いきった行動が取れる、はず。
岩に寄りかかり、焚き火に当たりながら物色を続ける。
…水と、干し肉?らしきものだ。良く考えたら目覚めてから何も口にしていない。
…おかしくないか?たった1日とはいえ、飲まず食わずで餓えを感じないなんて…。
人を殺して何も感じてないのもおかしい。俺の仕事はバグフレームの排除と言う、一般的な雑務だった。殺人を肯定するなんて。確かに精神が壊れて職を失ったが、そんな壊れかたはしていないはずだ。
唐突に吹き上がる不快感に屈した。
「俺のはまともな筈だゥェっ!ごぁぅお!」
…いや、完全に壊れたのかもしれないが…。
もう、考えるのはよそう。夢であれ、妄想であれ、俺は今ここにいる。なるようにしかならない。死ぬ勇気もなかった俺は生きて行くしかないのだから。
「…あとはコインに…カード?名刺か…?」
このコインは貨幣だろうか。銅色と銀色の歪な金属片に何か書かれているが…当たり前ながら読めない。カードの文字らしきものも読めない。
しかし、ずいぶん荷物が少ない。食料も干し肉が少し。街や村なんかが思ったより近いのかもしれないな。
わかった事を整理する。奪った武器や貨幣から考えると中世位の年代のようだ。円形に見えない異物な硬貨からして、大規模錬成所なんかないだろう。硬貨をきれいに作るのは難しいのだ。
おそらく、規模は解らないが国が存在しており、この場所は国の一部だと言う可能性が高い事。武装した物取りが存在している事。法があるなら、人を殺してしまった事がどう影響するかわからない事。
「…正当防衛が適用されればいいが」
無駄に硬い干し肉をいじりながら考えを纏めていたが、疲れてきたな。今日はもう、こいつをかじって寝よう…。
マントで身体を覆い、目を瞑る。
虫の声、焚き火のはぜる音、梟?の鳴き声。
……石が転がる音!
「ッ!」
飛び起き様に剣を鞘ごと構え、岩の上をにらみつける。小さな人影が見えた。
「……降りてこい」
静寂。…逃げるつもりかッ!
あいつらの仲間か?何人も呼ばれて狙われたらまずいッ!俺には土地勘がまったくない。簡単に追い詰められるだろう。
痛恨のミスだ!ココを囮として、移動するべきだった!
影が動き出す。
「…させるかッ!」
石ころを影の足元に投げるとバランスを崩し、滑り落ちてきた。
ここからは影になって良く見えないが、動きはない。
諦めたのか…隙を狙っているのか。
俺は剣を引き抜き抜いて焚き火の薪を掴み、そちらに投げた。