王女殿下は諦めない! 5
俺はローレリア城内のある部屋。
扉の前に立っていた。
『都合が悪いと 女の所に転が込む』
『いいご身分ですね』
なんで怒ってるんだ、お前は。
あと、人を羽◯謙治みたいに言うな。
『男前でもないくせに』
そうだね、自慢じゃないがゼニーを払わなければ手も繋げなかったぜぇ?
悲惨だろぅ?
『つい やめてあげて と言いたくなりました』
ブラブラ歩いていたらあの子が目を覚ましたと聞いて、少し様子を見にきただけだ。
『どうだか あと ルーチェです』
はいはい、ルーチェ。
めんどくさっ。
ノックを三回。話し声が聞こえる。他に誰かいるのか?
暫くして、
「……誰、ですか?」
静かな、月華を思わせる声。
儚いな、と、思った。
「フワ ケンヤと言います。目が覚めたと聞いて……少しお話し、良いですか」
俺はドア越しに、彼女に話しかける。
「…はい、良いですよ。どうぞ」
彼女の許可を貰い、二拍置いてドアを開けた。
「ケンヤ様、いらっしゃいませ」
メイドさんが三人いて、俺に深々と腰を折った。
「よい、私に気を遣うな。楽にせよ」
女性が多くて気後れするな。
「あ、えっと、いらっしゃいませ…」
少女は眉をハの字にし、長い睫毛を伏せる。
ホラー、怪我人に気を遣わしたじゃないか。
フランクにいこうぜ。
『立場を考えてください マスター』
「いや、いいから、横になって。楽にしてね」
彼女の肩をベッドにそっと倒し、寝かせた。
「…えっと、見たらわかると思うけど、俺も日本人でね」
彼女は少し安心したような顔になった。
俺に安心したわけではないだろう。
見慣れた、感じ慣れた『日本』を見つけた。
そんな顔だ。
望郷の念と、言えばいいのか。
「いや、多分、と言うか、怖いめに遇わせたのは俺なんだけど…」
しどろもどろになってきたな。
「その、大丈夫かなって、思ってさ」
『自分 不器用 ですから』
茶々を入れるなっ。
「…何となく、覚えてます。…私も、酷い事しましたよね…ごめんなさい」
長い髪が肩からこぼれ落ちた。
彼女はコミュニケーションが苦手なのか、謝る事でしか会話を繋ぐ事が出来ないようだ。
「いや、いや、俺の方こそごめんなさい」
社会で培ったごめんなさいスキルをフル活用して詫びた。
『高いレベルです マスターの人生が垣間見えるよう フフ』
うるさいなっ。泣くぞっ。
「…君の名前を聞いても、いいかな…」
俺も口下手だから会話が続かんな。
それに、現代に居るようで……なんだか落ち着かないな。
『高校デビューが 中学の同級生にバッタリ』
『そんな感じですか』
ああ、うん、そんな感じ?
「ごめんなさい…私は上菅谷 憂妃です。助けてくれて、ありがとうございました…。」
ユキはまた頭を下げた。
「ああ、気にしないで。…ユキと…その、呼ばせてもらうね。此方じゃ名前呼びが普通みたいだからさ」
なんか、恥ずかしいのは何故だ。
「あの、私は…ケンヤ様…と、呼ばせてもらえばいいですか…?」
日本的な美しさを持つ少女が、ケンヤ様。
しかも上目遣いだッ!!
異世界、始まったな。
『………』
「俺の事は、ケンヤでいいよっ。様は要らないからっ」
女子高生にそんな呼ばれ方がしたら、変な気分になるわ。
「縁も所縁も無くて、不安だろう?…まあ、俺の事は親戚の叔父さんだとでも思って、頼ってくれていい」
頭、カチ割ってしまったしな。
『全力で くたばれ と 叫んでましたね』
「あり、がとう、ございます…。ケンヤ…叔父様…ありがとう…」
な、泣き出してしまったぞっ。ど、どうするっ。
「…君達、ユキをよろしく頼む。何かあれば知らせてくれ」
に、逃げよう。
「賜りました、ケンヤ様。お任せください」
「この身に代えましても」
「…じゃあ、また来るから。今はゆっくり休むんだ。いいね」
ユキの頭を二回撫で、部屋を後にした。
対人兵器NAMIDAを繰り出されてはどうにも出来まい。
しかし、何も聴けなかったな。何故シノンとして戦いの場に出てきたのか。あんな子が?
自分から人殺しの場に立つような子じゃないだろう。
いや、戦うと決めた時はリアルを感じなかったのかもしれない。
……戦争はゲームじゃなかった。敵の兵士も味方の兵士も、人間なんだ。
みんな家族が居て、生活があって、泣いたり笑ったりする。生きていた。
あの日、城館の前で死ぬ覚悟を、殺す覚悟を決めれたのは皆が居たからだ。
俺は皆を死なせたくなかった。その為に…俺は…人を……。
……何処に行っても、眠れなくなるのか俺は。2日に四時間程。それが俺の安らぎだ。
『マスター 考えても仕方ありません』
『貴方は この地を守った それだけです』
…ああ、そうだな、ルーチェ。
「アルバース閣下にも挨拶に行くか」
このままでは、気分が沈んで仕方ない。
『賑やかなあの方と話せば 気が紛れるでしょう』
俺は閣下の執務室に向かって歩き出した。




