王女殿下は諦めない! 3
「……お久しぶり、かしら。ミューゼ」
相手はアプローチを変えてきた。どうやら無かった事になったらしい。
『ただ単に どう反応したらいいか わからなかったのでは』
「アスティ様、お久しぶりです」
ミューゼは綺麗なカーテシー『お辞儀です』を返した。
澄ました顔しているが、ミューゼも同罪だろ。
「ええ、…それで、そちらがシノン…で、よろしくて?」
確かにちょっと困った顔をしているな。わかりやすく例えるなら、棒つきアイスを食べるときに棒だけ取れて、あっ、マジかよ、いいけどさ。また刺して食うけどさ。みたいな。
『なるほど よくわかりません』
「ええ、ミューゼ様がシノン。ケンヤ・フワです」
俺は深々と椅子に座り、紅茶を飲みながら聞いた。
「所で、貴女の名を聞いても?」
『何様ですか 貴方は』
「失礼しましたわ。私はアステリア・レン・フォン・ローレリア・グランライト・ノーザンテリア」
めっちゃ長い名前だな。じゅげむかよ。
「このノーザンテリア王国の第一王女ですわ」
めっちゃ偉い人だったな。どうしよう。脚とか組んでるよ俺は。
カップを持つ手がフルフルと震えた。
『愚かとしか 言いようがありませんね』
だって姫様が鎧着てるとか普通思わないだろ。違う?違うの?
「なるほど、此方でお茶でもいかがですか?テレーゼの淹れてくれる紅茶も、ミューゼ様が焼いてくれたクッキーも美味ですよ?」
俺一人が座っている状態を何とかしたい。話しはそれからだ。
『マスターが立てば それで解決します』
それじゃあなんかカッコ悪いでしょっ。
『いえ、もう充分…』
「姫様に対して失礼ですよ貴方は!下賎な平民の分際で!」
取り巻きが怒りだした!でもな。
「私が奉じるのは、ノーザンテリア王国でもアステリア姫でもない。ミューゼ様のみ。貴女方に下げる頭などない」
ちょっとイラッときたわその言い方。
その下賎な平民とやらがローレリアを守ったんだよ。
命をかけてな。…102人も死んだ。
その何倍もの人が涙を流し、絶望した。
アルバース閣下は平民に頭を下げていたぞ。
ローレリアの地を守ってくれてありがとうと。許してくれと。涙を流しながらな。
そんな彼等を侮辱するか貴様!
「貴様等に頭を下げねばならんなら、侯爵位などいらんわ!私を認めるのは神とローレリアの地、のみ!失せるがいい」
こんなに頭に来たのは何年ぶりだろうか。
『マスター 落ち着いてください』
落ち着けるかっ!畜生めっ!
『気持ちはわかりますが はたから見たら逆ギレにしかみえません』
……それもそうですね。いやっ、しかしっ。
不安がジリジリと俺の背中を焼いた。
「なんという!その言いざま、許せません!」
ショートカットのお嬢様が抜刀して斬りつけてきた!マジかよっ!キレやすい十代は俺の世代の話だろっ!
腰の短剣を片手で抜き、お嬢様が振り上げた細剣に投げつけた。
バキーン!ダンッ!
「キャアッ!」
短剣が壁に突き刺さり、金属の跳ねる音が部屋に響き渡った。
室内の空気が凍りつく。
ミューゼとメイドさんが心配そうに見ているのがわかった。
「……剣はおままごとの玩具ではない。人を殺したいなら戦場に行くがいい。殺し合い、生き残ったなら相手をしてやろう。…生き残れたら、だがな」
貴族ってこんな簡単に斬りつけてくるの?
滅茶苦茶びっくりしたわ。
『マスターの言い方も かなりのものです』
でもよ。あんな言い方ないだろが。
「クー、いきなり斬りかかるとは何事ですか」
「あう、あ、あ、あい」
「ケンヤ様、非礼を詫びますわ」
アステリアは僅かに頭を下げた。
「…時間を置いて、また参りましょう。どうか落ち着かれますよう」
そう言ってアステリアは去っていった。
「ケンヤ…怒っちゃったの?」
ミューゼが俺の頬を両手で掴んで目を合わせた。
「だめよ?悲しい顔したらだめなの。ね、ケンヤ」
「ケンヤ様、ありがとうございます。ローレリアの地、民に代わりましてお礼申し上げます」
なんだか母親に叱られたような、諭されたような気分になった俺は、
「ちょっと、コンビニ行ってくる」
ごまかして、砦から出ていったのだった。
『他に誤魔化し方が あるでしょう』
ほっとけ。