王女殿下は諦めない! 2
〜レイバーン占領軍本部〜
「こ…れは…全て、骨なのか…」
代理司令官、ヴァレンスキー将軍は息を飲んだ。
自らの机に並べられた小さな壺の中には、焼かれた骨。
つまみ上げたそれを燭台が照らしだした。
蝋燭の光は影を産み、テーブルを惑うように揺らめくそれは、哀れな犠牲者の断末の悶えに見えた。
ヴァレンスキーは怖気だった。
「…これで全てではありません将軍。解放された捕虜のほぼ全てが首から提げていました」
900壺は下らないでしょう。
そう言う副官の声が遠い。足元から恐怖に侵されるようだった。
一列に並ばされ……首から白い布で括った壺の中には、焼き殺された自軍兵士の骨。
それはローレリアの果てしない憎悪を感じさせる。
貴様等もこうなるのだ。
ヴァレンスキーは未だ視ぬ敵司令官、ケンヤ卿の声を聞いた気がした。
恐怖で荒くなる息を抑えつけ、ヴァレンスキーは副官に問うた。
「殿下は、どうされた?虜囚となられたのか」
解放交渉は困難を極めるだろう。
ヴァレンスキーはかつて、これ程の怒りと憎しみを感じた事はなかった。
「…将軍…こ、こ、これを……」
死人のような顔色の副官が差し出したのは瓶に入ったナニか。
ヴァレンスキーは手渡されたそれをじっと見て、
「…これは?殿下と何か関係があるのか」
副官は恐怖で引き吊った顔で叫んだ
「殿下です!殿下なのですっ、それは!戻った兵士が言うにはっ、殿下は生きたまま潰し尽くされっはっひッ、つ、土に混ぜられてしまったとっ!」
唾を飛ばしながら叫び散らす副官は、正気を失って見えた。
「な、は、ひぃっ!」
取り落とした瓶はゴツ、と鈍い音を1つ立て豪奢な絨毯の上をコロコロと転がった。
敵国とは言え、一国の王子を拷問して殺し、無惨な亡骸を送りつけて来るなど……敵司令官ケンヤ侯爵。
常軌を逸しているのは明らかだった。
「撤退しましょう将軍っ、奴等は憎悪によって人から羅刹に堕ちたと聞きます!生き残った魔法空兵も魔法機動歩兵も皆、正気を失っておりますっ。このままでは我等も悪魔に殺されてしまいますぞ!」
副官は最早、軍人ではなく。闇に怯える幼児のようだった。
ここまでするのだ、敵は既に死兵と化しているだろう。
殿下はなぶり殺され。
大将軍ボスコネンも戦死。
虎の子の精鋭、魔法兵は士気を完全に喪った。最早勝機は微塵もない。
「…撤退する!いそげ!略奪品は置いていけ!民衆には絶対に手を出すなっ、よいな!」
民衆に対して乱暴狼藉を行って無いことが唯一の慰めだった。
行っていたら、奴等は地の果てまでも追って来るだろう。我等を殺しに。
後年この撤退作戦はこう呼ばれる。
「チェレンコフの白き葬列」
チェレンコフはローレリアのケンヤ卿を恐れ、その後八百年の永きに渡り不干渉を貫いたと言う。
〜戦闘から5日後〜
「ヴァァァ、よく寝た……」
昨日捕虜を戦死者の遺骨と共に解放し、取り敢えず戦争は終わった。今後どうなるかはわからないが。
そして今俺は22番街の自分の砦の部屋でゴロゴロしていた。
武骨な見た目とは裏腹に内装はホテルのようだ。ダリのセンスは素晴らしいな。くそうっ、イケメンめっ。
因みに町は既に完成している。皆働き者だ。
後は皆の仕事だよな。どうするか。
……後で考えよう。なんだかずっと働き詰めだったしな。もう動く気がしない。
「ケンヤ様、朝食のお時間です」
「朝ご飯なの、ケンヤ」
ノックと共にミューゼとメイドさんが入ってくる。自分の主が起こしにくる。何かおかしい。
「ああ、わかった。向かおう」
「お着替えする?手伝うの」
「いえ、私が」
「私がするの」
「いえ、とんでもない」
「えへへ」
「ふふふ」
朝から無駄に緊迫感で一杯だな。
やめて頂きたい。
「服くらい自分で着ますよ。さあ、出ていった!」
二人を追い出して着替える。
服装はラフな黒い長袖シャツの上に胸当て。頑丈なズボンとブーツ。
『将軍には見えませんね 追い剥ぎのよう』
ほっとけ。ヒラヒラした服は堅苦しくて嫌だ。暑いし。
『似合いませんしね』
そうだね。ふんっ!
時刻は9時位か?朝食を終え、ゆっくりとお茶を楽しんでいた。
ミューゼが膝の上に乗ってくる。
おい、邪魔だろうが。
「ケンヤっ、クッキー美味しいの。食べる?」
口に押し付けてくるな。粉が一杯落ちるだろ。やめてっ!食うからっ。
ルーチェやミューゼの相手をして、メイドさんに世話をしてもらう。こんな穏やかな日々が続けばいいな。無職万歳。
『そうはいかないようですね』
何だよ?また軍隊かよ。勘弁しろ。
『可愛らしい 騎士達です よかったですね』
なんで半ギレなんだよ。
ミューゼを膝に乗せて適当にあやし、ルーチェと話していると、ノックの音が響いた。
「はい、何方でしょうか」
メイドさんが出てくれる。楽だな。
「失礼。シノンは此方かしら」
数人の少女がメイドさんを押し退けて入って来た。
先頭には、一際きらびやかな軽装鎧の少女。銀色の長い髪が肩の上を美しく彩っている。腰には持ち手に見事な細工を施された細剣を提げている。
皆が似たような装備だ。少女達は皆、見目麗しく気品があった。
俺は一目みて思った。コスプレ?
『マスター……』
だって、な?あんな細い剣、なんの役にもたたないぞ。俺が見た限り、戦場で兵士が持つのは槍かハンマー、分厚く長い剣だった。
空兵でももっと厚い鎧を着てたぞ。その鎧ペラペラじゃねえか。
「いかにも、シノンは私だが。貴女は何方かな?お嬢さん」
返事を返した俺に少女は眉を盛大に歪めた。
『マスター』
『口元はクッキーの粉まみれ』
『膝には少女』
『頭には寝癖が』
…あれ。
『そんな不審者が』
『いかにも、シノンは私だが。キリッ』
『カッコ良すぎて 濡れますね フフ』
ヤメロー!
ミューゼをどかし、
「にゅっ、にゃっ」
「ケンヤ様、どうぞ」
口元を拭い、寝癖を整え。
「いかにも、シノンは私だが。貴女は何方かな?お嬢さん」
やり直す事にした。
「…………」
「……………」
沈黙が痛い……。