逃げたい男 4
ずいぶんな無茶振りをしてくれるな。この姫様は。
確かに昨日は狼と強盗を倒したさ。……不意討ちでな。
困った。前は化け物に横は足場の悪い畑。後ろは街だが、この姫様をほったらかして見殺しにしたら、犯罪者になるだろう。
やるしかない!
だが、怖い!
俺は映画の主人公でもなければイカれた正義感の持ち主でもない。
ましてやゴブリン。人形の醜悪な魔物だ。見る限り軽装鎧とコンバットナイフで武装した指揮の取れた集団である。
異界に来たからと、化け物軍隊に向かって行けるか!
例えば日本で虎や熊に向かって行けるか?無理だろう?
簡単に戦えるような精神を持ってたら、ソマリアやパレスチナで働いてたわ。
くそ、取り敢えず一体を何とかして殺す。
それでお茶を濁す。これしかない。
「はぁぁ」
震える息を吐きながら、腰を落として剣を斜に構える。サムライの構えだ。これと剣道の構え型しか知らないしな。
ゴブ野郎は馬鹿なのか、騎士を避けると一体だけで此方にやって来た。騎士たちの包囲は右に寄り過ぎ、左側が薄くなっていた。
悠長に名乗りをあげていたからだ。
あれだ、彼奴を殺す。そして全力で引き返す!
「はぁッ!?〜ゥオォッ!」
足に力を入れて走り寄ろうとした瞬間、ドンッ!という鈍い音とともに身体か急加速!ヤバい剣を当てないと!!
思った瞬間着地。どこにどう当たったのか、ゴブリンは胴体から千切れ飛んだ。
そして俺は敵のど真ん中に入ってしまった!
「ウァッ!」
目の前に居たゴブリンを蹴りつけて、後ろにバックステップ!
何とか無傷で戻ってこれた…。
何が起こった?バッタもびっくりな瞬発力。
「さすが私のケンヤですねっ」
民衆も沸き立ち拍手喝采だ。
お前か?お前のせいか?…いや、紋章のせいか?
右手を見ると紋章がうっすら青い光を放っている。
……やっぱりお前のせいだよ!お前が刻んだんだからな!
一人では無理だ恐ろしすぎる。この力が何時まで持つかもわからない。この手のオーラは時間制限があるのがセオリーだ。
しかも竜の紋章。ヤバすぎる。時間的に。
相手は数が多いが背が小さくリーチもない。槍兵がいたら簡単に制圧出来る。騎士たちは何故槍を捨てたんだ!正々堂々すぎるだろう!ポンコツかっ!
………そうだ、あれがあるじゃないか。
「民衆達よ!敵は恐れるに能わず!集えッ!これを持ってミューゼ様を!ローレリアを守るのだ!!」
俺は剣を高く掲げて民衆を煽った。もはやうつ病とか言ってられない。何とかしないと俺一人で突っ込む羽目になる。
民衆は興奮し、我先にと棒切れを手に取った。…俺が森で取った棒切れだ。持ってきて良かった。
「さあ、1列10人で2列に!」
かなり素直に言う事を聞いてくれる。そういう国民性なのか?
「槍を構え!!」
号令とともに槍を構えてくれた。
よし、ガタガタだか槍ぶすまが出来た。後は進むだけだが……。
やはり彼らはただの農民。腰が退けている。
当然怖いよな。
「石があれば完璧なのに」
ゴブリンは盾を持ってないし、軽装だ。
後ろから投石すればボコボコに出来るはず!
前から槍が迫っているのに石が降ってきたら?小さな石ころでも凄い邪魔になるだろう。
「石ですね!わかりましたっ」
ミューゼが張り切りだす。
なんだ一体?
「大地の聖霊さん!!お願いっ!」
それで通じるのか?凄いな。お願いの内容がわからないだろう?
ポコポコと地面に石が沸いた。
「姫様の魔法だっ!」
「おぉ!これが魔法だか!」
……頭がくらくらする。
魔法?物理法則を完全に無視した力だ。俺に判ることは、大地の聖霊は内容が不明なお願いを聞いてくれる優しい聖霊さんだと言う事だけだ。
いやいや、まて、そんな力があるのなら
「ミューゼ様!どうぞそれを飛礫として奴等にお与えください!」
最初からぶつければいい。
「えっ?」
「えっ?」
何で鳩が豆鉄砲食らった顔をする?
「そ、そんな大魔導師みたいなこと、出来ないですっ」
……なるほど。飛ばしたりするのは難易度が跳ね上がるのか。
ミューゼはしょげてしまった。悪いこと聞いたな。
ぐりぐりと頭を一瞬撫でたあと、
「無理を申して申し訳ありませんでした!」
兵糧援助を断られた時のように勢いよく謝った。
最初から魔法など計算になかった。思いつき通り、人力で投げればいい。
「武器を持たない者達は、この石を持って魔物を追い払うのだ!」
後ろから子供達に石つぶてを投げさせて槍兵を前進させ、騎士たちの側面を援護する。
よし、何とか拮抗して持ち直した。甲冑は防御率が高いらしい。まだ一人もやられていない。間に合って良かった。しかし街から増援がこないのは何故だ?
振り返って見ると跳ね橋は上げられて門が閉まっていた。
……おい、見殺しにするのか?姫様が居るんだぞ。
いや、もう余裕で勝てるが、万が一があったらどうするんだ。
まだミューゼの他にも子供達が居るのに。
子供に戦わせてる俺にとやかく言う資格はないが……。
俺が突っ込んで一人で戦えばいいんだろうが、やっぱり恐ろしい。何処までも俺はただのサラリーマンだった。
いや、違った。住所不定無職だった。胸が痛んで鬱になるな。
取り敢えず俺も前で適当に戦おう。このままでは気分が沈んで仕方がない。
「はあっ!やっ!」
ゴブ野郎の剣を弾き切り殺してゆく。
現実感が遠退いて、血の気が引いていった。
本当にゲームだ。スカ◯リ◯のまんまだな。
「ケンヤ殿!ありがとう!」
ダリがなにか言ってるがよく聞こえない。
速く倒すんだ。逃れる為に。速く。
ゴブリン達は士気を失い始め、逃げ出し始めた。
「むっ!オーガか!…気を付けろぉ!!」
「ヤァッ!らッ!あぁっ!」
倒す!倒すっ!逃げるなッ!
逃げる奴はゴブ野郎だ!立ちはだかる奴もゴブ野郎だぁッ!
俺は前方のデカイゴブ野郎に向かって全力ダッシュした。
「はぁっ!?ゥオォォ!?!!」
ドンッ!と言う音とともに俺は瞬間移動した。
先ほどの比ではない。剣を振るも何もなかった。
デカゴブリンと接触事故を起こしたのはわかった。
20メートルほど吹っ飛んだデカゴブリンは立ち上がる事はなかった。
……交通事故だよ。これはひどい。
主人公は今、やけくそになっています。