逃げたい男 3
「さすが姫様!溢れ出る人徳が抑えきれませなんだかっ!」
「このお年でシノンを得るなど、かつてなかった事です!」
わいわい、ガヤガヤ、ざわ…ざわ…。
騒ぎたてる民衆と騎士達
お祭り騒ぎだ。
意味がわからない。わからないことだらけだ。キングオブドラゴンロード?和訳したら意味がわからないぞ。
急激に不安が込み上げるが、よく考えれば理不尽な叱責や無茶振りをされていた会社に居たときの方が意味が判らなかったな。
取り敢えずこいつらは好意的だ。
俺は精神の安定を取り戻した。
「ミューゼ様、私は貴女のシノンですよね」
何とか謎を解くためにミューゼに話しかける。
「はいっ、私だけのシノンです!」
ニッコリと笑ったミューゼは嬉しそうに断言した。
「……シノンですよね?」
「ええっ!」
握りこぶしを胸元に勢いよく頷くミューゼ。
「シノン、…シノン、シノン…ですかね?」
「はいっ!」
うんっ!!と元気よく頷いてくれた。
元気がよくて可愛らしい。よかったですね……。
しかし、俺の望む情報は入ってこない。
①シノンとは何を示すのか
②契約の内容はなにか
③契約とやらは履行する義務があるのか、しなければどうなるのか
④それの期間は何時までなのか、もしくは破棄出来るのか
何もわからない。ワンクリック詐欺より状況が見えない。むしろ電源が落とせないだけ此方の方がひどい。
人生に電源もリセットボタンも、ないのだ。
時折記憶だけがロードされ、布団の上で悶え苦しむのが我等の定めだ。
とにかく、今の時点で③と④は聞けないだろう。僕、シノン辞めた〜い!なんて言い出せる雰囲気ではない。知らなかったも通じそうにない。農民でも知っていることを知らないなんて、お前何者だ、って話だ。もしくはふざけるな!ズバッ!ってなるだろうな。
せめてどんな役割なのかは知っておきたい。
「ミューゼ様、私はこれからどのように…え〜、お仕えすればよろしいか?」
仕える事前提になったが仕方がない。もはや俺の頭脳ではにっちもさっちもいかない。
「ずっとミューゼを守ってくださいねっ!」
やはり嬉しそうにそう答える。
「…ずっと、何時までも?」
「何処までもですっ」
「……永遠に?」
「死が二人を別つまでですねっ。えへへ」
「ふ〜ん?」
無邪気な笑顔に泣きそうになりながら相槌を打った。
これは不味い。俺は思ったね……。
判子をついた覚えもなければ、市役所に書類を提出した記憶もないが、今、俺は崖っぷちにいる事は理解出来た。
契約解除は難しいかもしれない。
その手の契約解除は揉めるのが相場だ。
だが守ってという事は、護衛…それこそ近衛の役割なのか?
俺のような容姿の人間に四六時中張り付かれてみろ。俺なら夜中に目があった瞬間、ひぃっ!てなるだろうな。
「ケンヤ殿、羨ましいです!いつか私も姫様のシノンに!」
ダリがそう言って肩を叩く。
今すぐ代わってやろうかと言いたい。
取り敢えず流されよう。もう、どうにもならないような気がする。
…何だか後が騒がしいな。悲鳴と怒号が聞こえないか?
「ダリ殿っ!何かおかしいぞ!」
俺は後ろを睨み付け、剣を抜き放った。
ミューゼは割りと平気な顔で俺の腰にしがみついた。
「む、全員警戒せよ!後だ!円陣を組め!」
さすがプロだな行動が速い。道が広いのもあるだろうが。幅10メートルは軽くあるからなこの道は。
彼らは俺とミューゼを囲んで構えた。
暴動でも起きたのだろうか?周りの民衆は畑の中に消えた。
と言うか、何故城門の中に入らない?待ち受けてどうするっ。
…しかし、今さら動けんな。
じっと構えていると道の両脇の水路から緑色の生き物が立ち上がったっ!!黙示録っ!?
んっ?こいつら見たことないが見たことあるな。……どうみてもゴブリンだよな。
ファンタジーかゲームなら雑魚だが、革鎧と短剣で武装したそいつらは結構強そうだ。何より数が……多い!20匹は居るぞ。何処に居たんだ?こいつらは。
「ふっ、愚かなる魔物め!我が名、我が家名を……」
なんと騎士達はわざわざ名乗りをあげ始める。
何でだっ。明らかに言葉通じないだろうっ。
不味い、文化が違う。乱戦で敵に隙を見せてどうするんだ。一騎討ちじゃないんだぞ。……ほら、押され始めてる。
ええい、しがみつくこいつと疎らに残った民衆を逃がすと言う名目で、門の中に入るしかない!
「ミューゼ様、ここは」
「はいっ!お願いします!」
おお、ようやく君と気持ちが通じたね?
「私のシノン!ケンヤっ。」
ミューゼは化け物を指して言い放った。
「やっつけるのです!」
…知っていたか?ブラックな職場は公務員でも、普通にあるんだと言う事を。




