失ったものは
初めて投稿します
皆さんの暇潰しにでもなれば幸いです。
失ったものは
「うつ病…ですか」
静かな診察で痩せすぎの男は小さな声をあげた。
整理整頓され、神経質さを感じさせる机の向こうで白衣の男性はうなずく。
「…ええ、うつ状態と言うべきですが」
その後も病状や現在の状況だとか、薬だとか、…纏めると、出来るなら休養を取った方が良いと言う話だ。
俺は最早、会話が苦痛に感じていた。
精神科医の話にただ頷き、聴いてるふりをした。
気がつくと俺の手には診断書があった。
…2ヶ月の療養を要する…
不器用なりに頑張ってきた成果が、コレだ。
俺は情けなくて泣いた。…泣いたんだ。
ーー 真面目に 改築舗装中 書き直しーー
失ったものは
何処までも続く灰色の構造体が、人類を押し潰すかのようにして無限に成長を続けている。
幾光年も続く闇は構造体群の遥か彼方に置き去りにされ、人類同士は空間上でぶつ切りになりながら個別に進化と退化、合流と分流を繰り返し、三次元的に増殖、加速度的に広まり続けるその末端から末端は、政治国家として統治出来る範囲を逸脱していった。
国、という制度では最早人を律する事は出来ない。
律する事が出来なければ、人は人ではなくなる。
これは、闘争と逃走、破壊と創造の時を経て、新たな統治機構が生まれ、また新たな滞留期間に入った人類の、末端の話。
M系03域8071層。俺の生まれて育った場所だ。
瞑っていた目を開くと、無秩序に埋め尽くされた構造体と、僅かに、最外縁区から送られてくる古代の宇宙が写し出された偽物の天空が視界に入った。
そう、今、職を喪った。
「何故そんなに答えを急ぐんです」
気まずさや緊張、ある種の罪悪感を感じながらも俺は対面に座る初老の男に問いかける。
神経質そうな男は人差し指で眼鏡の縁を押し上げると、内心、気分を害したような雰囲気で話し出した。
「此方としても報酬や待遇には気を使ってきたつもりです。休時や負荷も他では考えられないような厚待遇で勤務して頂いてますから?これ以上を何処に求めるんですか」
軽く握った拳をテーブルに置き、まるで答えはもう決まっていて全てはそのシナリオ道理だと、言外に強い圧力を込めながら吐き捨てるように男は言った。
カチ、カチ、カチ
男の人差し指がテーブルを叩き、音かダクトのノイズに溶ける。
「私が求めているのは更なる報酬や待遇ではなく、治療期間です。休時ではなく休暇が欲しいのです」
激昂したい所を押さえつけ、掠れ、呻くように喉を震わせた。
この問答はもう10回を越えている。
勿論、結果がどうなるかも知っている。
息を吐きながら視線を下げ、ふと横を見ると強化ガラスの壁に、陰気な目付きをした痩せすぎの男が背を丸め、掬い上げるように此方をねめつける様が映りこんでいた。
俺はそれを手前に散らすように、45階から水平に見える狭く、切り取られた偽りの天空を睨んだ。
男はカチ、カチ、カチとテーブルを鳴らすと昨日を焼き増したように同じ答えを返す。
「休暇が欲しい、と、休暇と言うのは管理側からすればそちら側への報酬であり待遇です。貴方には【古い待遇】になる資格がなく、能力もない。」
人差し指で眼鏡の縁を押し上げると、感情のない硝子玉がじろりと俺を見た。
高等学術をインストールするのに俺の年収の8倍ほど掛かるのに最高等細分化新鋭学術などインストール出来るわけがない。
そもそも、それがインストール出来るのは中枢遺伝子を持つ【古い人】だけだ。末端遺伝子を持つ俺にはどうやっても不可能だ。
「いえ、そういう話ではなくただ」
「規定によって定められた以上の事は出来ない。と、何度も説明しました。」
「私は業務を円滑に進めるために提案して」
「それに対する解決策はもう提示しましたよ。治療しなくてはならない?治療して更に能力が上がるわけでもない。現状維持で現在不可能なら、此方の提案を受け入れ、確実に将来可能に、かつ能力が上がる方を選ぶべきです。…そうまでして純血に拘るのは何故ですか?単純に、君の年齢で機械化無しはもう限界なんですよ。機械化処理を受けなさい。」
男は俺の言葉を封じながら、矢継ぎ早に話すと結論を叩きつけた。少し苛ついたその態度から人間性が感じられ、そんな場合でもないのに少し可笑しくなった。
壁に映った俺は口一杯苦味を噛んだような不思議な表情をして、その目は諦めの色と清々しさをのせていた。
俺の答えは決まっていて、重工のシナリオも決まっている。
二つは平行に進んでかつ軌道は修正されないまま。
最後の時がきた。
俺はこの世界の統治機構からはずれ、保護は受けられず、人ではなくなり、塵のように、絶望のなかで、あっさりと死ぬだろう。
せめて堂々と、破滅の言葉を。
「お断りします。」
今、世界の全てから自由になった。いや、違う、世界の全て【から】自由に【される】。
究極の不自由に身を置いたのに、俺はこの上なく自由を感じていた。
彼のレンズは微動だにせず俺の瞳を見つめ、規定から外れた歯車を排除する理論を奏だした。
俺は重工下請けの正社員だった。
今はもう違う。純血の人間が保護されるほど甘い重工ではなく、即日退去を命じられた。
12階玄関エントランスホールでまるで迷子のようにあちこちに視線を飛ばし、受付まで歩く。
強烈な不安感。
M系03域8071層、この統治機構における俺の存在理由。
重工統治下下位ネットワークの治安維持。三次元における他層からの侵入監視。つまり、ガードマンだ。それ以下でも以上でもなく、以外でもない。
たった今、俺は俺を構築する全てを破壊した。
俺は遠く、さ迷った視線を戻して目の前のガイノイドにカードを返却し、踵をかえした。
ガイノイドのレンズに見られるのは苦痛でしかない。
それは彼女らにも意思が垣間見えるからだ。
分類上、人ではある。
それでも俺は彼女らが人間にはとても見えない。
俺は、人間で居たい。ただそれだけの為に。
ホールのスライドが開き通りすぎる瞬間、足元のレールが世界の境界線に見えた。
目を瞑り某かへ、祈った。ただそれだけの為にと。
境界を越えるとき、俺は闇の中に在った。