99. 小鳥の朝
明くる朝、ニィカは太陽の昇るまえに目をさました。手さぐりでパンをとって籠へいそぐ。
覆いをそっとめくって目をこらす。小鳥はまだ寝ているようだった。
「ねえ、小鳥さん。はやく起きてよ」
ささやいたり、籠のすきまに指をさしこんだりして待つ。
くたびれてふうっと息を吐くと、その風におどろいたように小鳥がピチチ、と鳴いた。
「おきた!」
おもわずさけんでしまい、はっとする。飛びあがった小鳥をなだめるように語りかけた。
「びっくりしたならごめん。いまごはんあげるから、いっぱい食べて。いい?」
かわいたのとにぎりしめたのとでかたくなったパンをちぎって籠のなかに落とす。
小鳥はしばらく警戒していたけれど、ニィカが息をつめて見守っているうちに、ちょん、ちょん、と近づいてきて、とうとうパンくずをついばんだ。
ニィカはまんまるの目をかがやかせる。
さっきよりもおおきめのパンをつまんで、籠のすきまにさしこんでみる。小鳥はちらばるパンのかけらをつついたあと、ニィカの持つパンをくちばしでちょっとちぎった。そのちいさくてかたくてささやかな感触に、ニィカは胸がむずむずした。
そうだ、あしたは小鳥をだして、手のひらにのせてみよう。それから肩とか、頭にも。慣れたらずっとあたしのそばにいさせるんだ。遊ぶときも、寝るときも、ケイヴィス先生と勉強するときも。食事のときにはこの子の席も用意してもらえるよう、王様にたのまなくっちゃ。あのひと、小鳥のいすもひいてくれるのかな?
この朝、いつものようにニィカを起こしにきたヘレーは、この少女が絨毯に転がっても、寝起きの顔でぐずってもいないのに面食らった。
「おはようございます、ニィカ=アロアーラ様。今朝はお早いのですね」
「ヘレー、あのね、この子にご飯あげてたの! おいしそうに食べるんだから!」
得意げなニィカの表情とはうらはらに、ヘレーはあきれたため息をついた。
「そのようなことなどなさらないでくださいませ。餌ならばニィカ=アロアーラ様がお食事にお出ましの間に召使いがやっております」
ニィカの目がぽかんと冷える。浮かびかけるなみだをこらえる顔がまっかになった。
「……ずるい!」
こんどはヘレーがあっけにとられる番だった。ニィカはにぎったままだったパンをぎゅうっとこぶしに押し縮めた。
「そんなのずるいじゃない! あたしだって小鳥にパンあげたいのに、どうして勝手にやっちゃうの!」
「ニィカ=アロアーラ様。前にも申し上げたことではございますが、ご自身の立場をお考えくださいませ」
落ちついた口調で説き伏せにかかるヘレー。ニィカはいやいやと首をふった。
「だってこの子、王様があたしにくれたんだもん! あたしがぜんぶやってあげなくちゃだめなの! サリーとマールの世話だって、あたしちゃんとできるんだから!」
ヘレーは「サリー? マール?」と聞き覚えのない名前をたずねた。熱くなっていたニィカの全身がはっとこわばる。
「あたしの家の馬、だったの……」
寂しさや悲しさや悔しさが胸をつく。負けないように体じゅうに力をいれた。指のあいだからよれたパンのくずがボロボロとこぼれた。
「失礼致しました、ニィカ=アロアーラ様。さあ、御朝食のお時間でございます。御召し替えをなさって、お手をきれいになさって──」
ヘレーは動けなくなってしまったニィカの身支度をてきぱきと済ませ、広い食堂へ彼女を送りだした。