98. 隠しごと
夕食のために着替えるあいだも、ニィカは首をずっと鳥籠のほうへまわしていた。
部屋を出るまでも何度もふりかえりふりかえり、そのたびにヘレーに「ニィカ=アロアーラ様」とうながされた。
食堂に着き、晩餐がはじめられてからもニィカは小鳥のことばかり考えていた。
「小鳥は気に入ったか、恩寵の御子よ」
ドルジャッド国王の声に目をぱちくりさせる。国王はもういちどおなじ問いを投げかけた。
「……はい、王様。とっても」
「結構なことだ」
そわそわするニィカの気持ちとは裏腹に、皿はもどかしいほど品のよい間隔をたもってはこばれてくる。
ニィカは席を立って駆けだしてしまいたいのを一生懸命にがまんした。
使用人がおかわりのパンをひときれニィカの目のまえにおく。
「ねえ、これあの鳥にあげてもいい?」
使用人はかすかに眉のあいだにしわをよせるだけだった。
「ねえ……」
「その気遣いは無用だ。小鳥の餌ならば既に用意させている」
苦笑まじりに国王に告げられて、ニィカは「はい……」ときちんと座りなおした。
白くてふかふかしたパンをちぎっては口にいれる。使用人が安堵したように息をついたのが聞こえた。
だんだんとパンはちいさくなって、最後のひとくち分。国王の目も使用人の目もはなれたわずかな隙をぬすんで、ニィカはそれを手のなかにかくした。
あやしまれないように、としばらく口をもぐもぐとうごかして空気を噛んでみたりもした。
幸いにだれにも見咎められることなく、ニィカはパンのかけらを持ってかえった。
部屋には燭台が灯されていたけれども鳥籠にはもう覆いがかぶせられていて、物音はしなかった。
「お帰りなさいませ、ニィカ=アロアーラ様。すぐにお寝みの御支度を」
ヘレーの声が近づく。ニィカはにぎった手をあわてて背中にやった。
「……なにか?」
さっと目をそらしてもじもじするニィカに眉をよせるヘレー。
「なんでもない」
ニィカはぶんぶんと首をふった。
「ニィカ=アロアーラ様」
ヘレーが夜着を手に近づいてくる。
「ねえ、ヘレー。あたし、きょうはなんだかつかれちゃった。もう眠いの」
ニィカは小走りにベッドに寄って、ぼふんと横たわった。
「ニィカ=アロアーラ様」
「服だけ置いていってくれたらだいじょうぶ。ちゃんと後で着替えるから」
「しかし……」
手のなかでしっとりとつぶれかけたパンをこっそりベッドの下にかくす。小言を言うヘレーが気づいたようすはない。
「どうしてもだめ? ……わかった」
ニィカはもぞもぞとベッドを出て、ヘレーにしたがった。
「お疲れのところ、申し訳ありません。お寝みなさいませ」
あかりが消える。ヘレーがいなくなる。
小鳥の寝息はちいさすぎて耳をすませても聞こえない。
「またあしたね」
ニィカはつぶやいて、毎晩のおいのりをとなえた。
あしたはヘレーが来るよりさきに起きて、小鳥にパンをあげるんだ。
さえずりながら餌をついばむところを想像するうちに、ニィカはひさしぶりに楽しい気分で眠りこんだ。