96. 羊と小鳥
ケイヴィスの来訪もなく、ドルジャッド国王に呼ばれることもなく、ニィカは退屈に過ごした。
置き去りにされたプロニエ語の書物は読めるはずもなかった。ところどころの挿絵もなにが描いてあるのかさっぱりわからない。
バルコニーに出ては厳重な柵のすきまから外をながめる。わずかに見えるのはいつでもしんとした城の庭で、木々の葉が枯れかけているのがわかるだけだった。
平坦な日のなかで、遠くへ来てしまったことがひしひしと胸に迫る。明るいうちはがまんできても、夜になってヘレーが燭台を手に部屋を出てしまうと、だめだった。
ベッドを抜け出して暗やみを這う。父が遺したじゅうたんに身を丸めて、厚い弾力をほおに感じる。
もう会えない、もう帰れないものを思っては声を殺して泣いた。疲れはてるまで涙をながして、布地に埋もれるようにそのまま寝てしまう。
「どうなさったのですか、ニィカ=アロアーラ様」
毎朝床に転がっているニィカに、ヘレーはたずねた。
「……なんでもない」
涙がはりついた目尻をこすってこたえる。
「しかし……」
「子供って寝ているうちにごろごろ動きまわるものなの。知らないの?」
わざと意地悪に、生意気に聞こえるように言った。ヘレーはちらっと眉をひそめて「そうなのですね」と応じた。
うそとは思われなかったようでニィカはほっとする。
「近頃は冷えますから、充分お体にお気を付け下さいませ」
これ以上うそを言わなくていいよう、こくっとうなずいた。
それから幾日もたたないころ、使用人が居室になにかを持ちこんできた。大人がかかえるほどの大きさで、すっぽりと布がかぶせられている。かれは慎重な手つきでそれを円い机に置いた。
「なあに、それ?」
「ニィカ=アロアーラ様のお気持ちを紛らわせることができるかと思いまして」
さっと布が取り払われた。
あらわれたのはおおきな籠だった。ニィカは目をまるくしてその中をのぞきこむ。
藁を敷かれた床面に、一羽の小鳥が首を折り曲げるようにしてうずくまっていた。
「……これ、生きてるの?」
「もちろんでございます。ずっと暗くしておりましたから、眠っているのでございましょう」
息をひそめて見つめているうちに、まるみのある輪郭がかすかに動いているのがわかってきた。
ニィカの背中にむかってヘレーが告げる。
「この小鳥は、ニィカ=アロアーラ様への贈り物でございます。どうぞ慈しんでやってくださいませ」
小鳥は羽毛をふるわせるばかりで起きる気配もない。視線を籠のなかから離さずにニィカはたずねた。
「あたし、なにすればいいの? お世話?」
「世話はすべて召使いがいたします。ニィカ=アロアーラ様はただ目をかけておやりになるだけでよろしゅうございます」
ニィカはうなずく。ドルジャッド風に結った髪はすこしも揺れなかった。