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ニィカ!  作者: 稲見晶
第四章 武の大国ドルジャッド
96/115

96. 羊と小鳥

 ケイヴィスの来訪もなく、ドルジャッド国王に呼ばれることもなく、ニィカは退屈に過ごした。

 置き去りにされたプロニエ語の書物は読めるはずもなかった。ところどころの挿絵もなにが描いてあるのかさっぱりわからない。


 バルコニーに出ては厳重な柵のすきまから外をながめる。わずかに見えるのはいつでもしんとした城の庭で、木々の葉が枯れかけているのがわかるだけだった。

 平坦な日のなかで、遠くへ来てしまったことがひしひしと胸に迫る。明るいうちはがまんできても、夜になってヘレーが燭台を手に部屋を出てしまうと、だめだった。

 ベッドを抜け出して暗やみを這う。父が遺したじゅうたんに身を丸めて、厚い弾力をほおに感じる。

 もう会えない、もう帰れないものを思っては声を殺して泣いた。疲れはてるまで涙をながして、布地に埋もれるようにそのまま寝てしまう。


「どうなさったのですか、ニィカ=アロアーラ様」

 毎朝床に転がっているニィカに、ヘレーはたずねた。

「……なんでもない」

 涙がはりついた目尻をこすってこたえる。

「しかし……」

「子供って寝ているうちにごろごろ動きまわるものなの。知らないの?」

 わざと意地悪に、生意気に聞こえるように言った。ヘレーはちらっと眉をひそめて「そうなのですね」と応じた。

 うそとは思われなかったようでニィカはほっとする。

「近頃は冷えますから、充分お体にお気を付け下さいませ」

 これ以上うそを言わなくていいよう、こくっとうなずいた。


 それから幾日もたたないころ、使用人が居室になにかを持ちこんできた。大人がかかえるほどの大きさで、すっぽりと布がかぶせられている。かれは慎重な手つきでそれを円い机に置いた。

「なあに、それ?」

「ニィカ=アロアーラ様のお気持ちを紛らわせることができるかと思いまして」

 さっと布が取り払われた。


 あらわれたのはおおきな籠だった。ニィカは目をまるくしてその中をのぞきこむ。

 藁を敷かれた床面に、一羽の小鳥が首を折り曲げるようにしてうずくまっていた。

「……これ、生きてるの?」

「もちろんでございます。ずっと暗くしておりましたから、眠っているのでございましょう」

 息をひそめて見つめているうちに、まるみのある輪郭がかすかに動いているのがわかってきた。

 ニィカの背中にむかってヘレーが告げる。

「この小鳥は、ニィカ=アロアーラ様への贈り物でございます。どうぞ慈しんでやってくださいませ」

 小鳥は羽毛をふるわせるばかりで起きる気配もない。視線を籠のなかから離さずにニィカはたずねた。

「あたし、なにすればいいの? お世話?」

「世話はすべて召使いがいたします。ニィカ=アロアーラ様はただ目をかけておやりになるだけでよろしゅうございます」

 ニィカはうなずく。ドルジャッド風に結った髪はすこしも揺れなかった。

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