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ニィカ!  作者: 稲見晶
第四章 武の大国ドルジャッド
94/115

94. ニェヴニク

 ニィカが朝に起きて夜に眠れるようになってしばらく経ち、ケイヴィスが見舞いにすがたを見せた。

「お加減はいかがですかな、ニィカ=アロアーラ様。見たところお元気そうで何よりでございます

。すっかりとよくなりましたら講義を再開致しましょう。それまでにお渡しした書物に目を通して頂ければ幸いに存じます。さあ、これなど初学に丁度宜しいかと」

 どさりとニィカのひざのうえに書物の重さがくわわった。分厚い革の表紙をめくる。

 ページの一文字目だけが大きくかざられて、つづきは黒く小さな字が詰まっている。


 ニィカはざっと表面に目を走らせて言った。

「ケイヴィス先生、……これ、あたしの知ってる字とちがうみたい」

 ケイヴィスのまゆがおおきく上がって、ひたいにしわができた。

「おや、ニィカ=アロアーラ様。プロニエ語はご存知ありませんでしたか」

「プロニエ?」

「もしかすると、ニェヴニクと言ったほうが、馴染みぶかいですかな。……どうです?」

 ニィカははっきりと首をふった。

「いいえ、ケイヴィス先生。どっちも聞いたことありません」


「ふうむ、ふうむ……」

 虫の羽音のような音を口の中で出し、ケイヴィスはしばらく考えこんだ。

「いや、誠に申しあげにくいのですが、ニィカ=アロアーラ様。プロニエ語がお出来にならないのであらば、其れは読み書きが出来るとは言えませんな。殊に、特性学を修める心積もりがおありなのでしたら。いやいや、御心配はなさりませぬよう。単に順を追って学べば良いだけのことでございます。特性学に入る前に、プロニエ語の講義から始めることと致しましょう」


 言うなり書物を一冊無造作に取り、ぱらぱらとめくる。

「るゔぇとぅ なろーち ふるーこ なろーち」

 声が一段低く、なめらかになった。よどみなく言葉が紡がれる。

「ばしぃすざしぃと なろーち」

 ニィカはケイヴィスの口元のしわを見上げた。

「るゔぇとぅ なろーて」

 その視線にも気付かずにケイヴィスは唱え、息をついた。

「わに ゔにろーち」

 幼い声がすかさず続いた。ニィカが唇を動かしていた。

「わに うはらにゃーち わに なろーち」

 ニィカの目はどこか遠くを眺めるようにぼんやりとして、ただ声だけが流れ出ていた。ケイヴィスは息をつめてその様子を観た。一言一句聞き漏らすまいとニィカの口の動きを追う。


「すろーゔぉ なろーて」

 詠誦は唐突に終わった。

 琥珀の瞳がまばたきをして、ケイヴィスの顔に焦点をもどす。

 饒舌な学者はかわいた唇をなめて、ようやく笑みを向けた。

「いや、ニィカ=アロアーラ様、お人が悪い。プロニエ語をご存知ないなどとご冗談を仰って」

 ニィカは笑い返さなかった。それどころか瞳を不安にゆらして、小刻みに首をふった。

「ほんとに知らない、なんにも……。勝手に出てきたんです。いま、じぶんでなんて言ったのかもわからない」

「……本当でございますかな、ニィカ=アロアーラ様」

 ケイヴィスの表情は変わらない。目の奥だけが鷹のようにするどく光った。

 うつむいて、消え入りそうな声で答えた。

「わかりません……。人? なにか……、いるような気もします……」

「それは、先程の言葉の意味でございますか」

 見定めるような目がずずいとニィカに近づいた。泣きそうになってわずかにうなずいた。

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