93. 苦い薬と蜂蜜酒
ぼんやりと意識をとりもどした。目の奥がずきずきする。がまんしていると痛みはひろがって、胸も背中も腕も足も、ばらばらにつぶれて今にも飛び散っていきそうだ。
吐き気に口をあけるだけで体がひきつれる。ニィカは弱々しくうめき声を漏らした。
耳に音が突きささる。
「ニィカ=アロアーラ様!」
口々に呼ばれる。そのことばは聞きとれても、じぶんのことだとは思えなかった。
繰り返される名前が頭のなかをかき回す。ただしずかに眠りたい。そう言おうとしても声にならなかった。
体の内側からも外側からもすりつぶされるような気持ち悪さに心を縮めて、ニィカはふたたびことりと気を失った。
何度か目覚めては眠り、しだいに今いるところがドルジャッド城の自分の居室だとわかってきた。
まわりのだれかが立てる物音ももうあまり頭に響かない。
まだ体は動かせないほどに痛い。起きているあいだは口からうめきがひとりでに流れつづけた。
かさついた唇にぬれたものがさわった。舌のさきが気持ちいい。のどがじわっとあたたかくなった。
もう一度口を湿されて、ニィカはおいしいという感情を思いだした。甘い味がつらさをやわらげた。
気持ちのすべてで口のなかの気持ちよさを味わう。ずいぶんとひさしぶりに快く眠りについた。
さらに時間がたって、ようやくしばらく目を開けていられるようになった。
ヘレーはかすれた声で何度も何度もニィカにあやまった。それよりも全身が痛いのをどうにかしてほしくて、ニィカはとぎれとぎれに訴えた。
知らない召使いの女性が息を切らして小瓶を持ってきた。ヘレーはニィカの背をささえて口元に瓶をあてがった。
茶色い液体は、草いきれのようなむっとするにおいがした。まだ生温い煎じ薬を口に含む。そのとたん、舌がちぢこまって首の後ろがぞわぞわした。
無理矢理に飲み下すと涙がでてきた。
「にがい……」
口をゆがめたままでなんとか言う。
「鎮痛剤でございます。じきに効き目が現れますから、もうしばらくご辛抱下さい」
ヘレーはそれから温めた蜂蜜酒を飲ませてくれた。舌のしびれを甘さで塗りつぶす。
横たわって眠気がおとずれてくれるのを待つ。やわらかいものがニィカの頭にふれた。
「よく飲めましたね。偉かったですよ」
なでられている頭から全身へと、だんだんと安心がひろがっていった。
ニィカはうとうとと眠りに引き込まれ、じぶんの生家の夢を見た。
痛みがすっかりと引くまで、ニィカはベッドのなかにいさせられた。
いかめしい顔つきの医師が毎日やってきた。あれこれと薬を飲ませたりニィカの腕に針をさして血を抜いたり。
いやなことばかりするので、ニィカはかれが来たときはひとことも口をきかずにぶすくれていた。