90. 教師ケイヴィス
翌日に紹介された教師はほそく垂れた目をした男性だった。しゃべると口元にしわが寄るものの、年齢はわからない。
ニィカが読み書きと計算ができると知ると彼はほっとした顔をみせた。
「ならば書物は読めますね。何冊かお渡し致しますから繰り返しお読み下さい。私がロシレイで使っていたものでございますから、古びていたり書き込みがあったりするのはご容赦願いますよ」
早口でまくしたてられてニィカはぽかんとした。
「陛下からはこの国のことを教えるように仰せつかりましたが、そのようなものは追々わかっていくものでしょう。それよりも大切なのは特性学……、こちらで言うところの神学です。特にニィカ=アロアーラ様にとってはご自身のことと深く関わる学問でございますから」
「それ、恩寵とか加護とかいうもの?」
ニィカはほとんど彼のことばを遮ってたずねた。教師は細い目をますます細めて笑った。
「ご存知でしたか。ええ、その通りでございます。ロシレイでは少々異なる言葉を使いますがね。ニィカ=アロアーラ様がご自身の恩寵をより十全に発揮できるようにするため、このケイヴィス、持てる全ての英知をお伝え致しましょう」
彼がケイヴィスという名であることを、ニィカはこのときはじめて知った。
ケイヴィスはニィカのあっけにとられた表情を見て続けた。
「ご心配なさることはございません。今日のところは簡単に。……ああ、書物をお持ちするのを忘れておりました、このケイヴィスとしたことが。今お持ち致しましょうか、話を終えてからに致しましょうか」
口を開きかけたニィカ。それが声になるよりも早くケイヴィスは自分で答えを出した。
「いや、急ぐものでもございません。この時間を終えてからお部屋に運ばせることと致しましょう。さて、どこまでお話し致しましたかな……」
「ケイヴィスさん」
一瞬の空白をついて呼びかける。ケイヴィスは眉をあげた。
「失礼ではございますが、ニィカ=アロアーラ様。私が教師に参るこの場この時には、私のことを『先生』とお呼び頂くことに致しましょう。教え教わる形というものは重要でございます。部屋を出られましたらお好きなようにお呼びください。よろしいですかな?」
「……はい、ケイヴィス……先生」
「結構でございますね。……そうそう、先ほどには特性学をお教えするということまでお話し致しましたな。特性学というものは数ある学問の中でもとりわけ深淵、難解な性質を持ち、それだけ真理に最も近い学問であると考えられております。本来でありましたら基礎となる学問群を修めた後、ようやく出発点に立てるというほどのものでございますが、ニィカ=アロアーラ様には特別に、基礎学問を飛び越えて特性学を学んでいただきます。お分かりにならないことがございましたら遠慮なくおっしゃってくださいよ。質問は学問への貢献の第一歩でございます。さて、特性学のもっとも単純な考え方から説明致しますと──」
ケイヴィスは途切れることなく舌を回す。
ニィカはとうとう「もうちょっとゆっくりしゃべってください」と頼むタイミングを見失ってしまい、ケイヴィスの口元のしわがありとあらゆる方向に伸び縮みするのを、口を開けてながめていた。