88. 大食堂
食堂は廊下の先だった。走りまわれそうなほどひろい。食卓は橋のように部屋をどっしりと横切っていた。
その手前に男性が立っている。目立たない服装で、ヘレーとおなじような使用人なのだとわかった。
ヘレーは男性使用人のそばの椅子までニィカを導いた。
流れるような動作でかれは椅子を引く。ニィカはうながされるままに座った。
目のまえにはすべすべしたクロスがしわ一つなく広がっていた。
男性使用人が食卓の奥へと音もなく歩いていく。ヘレーはまだニィカのななめ後ろに立っていた。
「あのひとは?」
しぜんと声がちいさくなった。
「椅子を引くための使用人でございます」
「え? ……それだけ?」
ヘレーはまじめな顔をくずさず「はい」と答えた。
「いすを引いて、みんなをすわらせるの? それが仕事なの?」
ヘレーはまた「はい」と肯定した。
ニィカはちらっと男性使用人を見る。表情も変えずにまっすぐ立っていて、こっちの会話が聞こえているようには見えない。
それでもいっそう声をひそめてヘレーにきいた。
「えっと……、あのひと、もしかして、毎日つまらない思いをしてるんじゃない?」
「それが彼の仕事でございます。ニィカ=アロアーラ様がお気を煩わせることはございません」
ニィカはもう一度男性使用人に首をむけて、口をつぐんだ。
マントをひるがえしてドルジャッド国王が食堂へやって来た。
男性使用人が椅子を引き、国王は腰を落ちつける。
あのひとはこのあとどうするんだろう。ニィカは男性使用人を目で追った。彼は椅子からはなれて、部屋のすみへすり足で歩いて、鎧のように直立した。
「御子よ」
国王の声にあわてて視線を引きもどす。
「はいっ!」
「居室は如何だ。意に適うているか」
言われたことの意味をしばらく考えてから、返事をした。
「はい。えっと、広くて、すごいものがたくさんでびっくりしました。それと、パパの絨毯、ありがとうございます」
国王はあごひげをなでて満足そうにうなずいた。
「此の地の食事も口に合うと良いのだが」
そう言うのとほとんど同時に、銀色のトレイが運ばれてきた。
取り皿、ナイフ、スプーン、そして水入りの器がニィカの前にならべられた。器の手前にはたたまれた白いタオル。
見慣れないものを子猫のような好奇心でみつめる。
「其れは指を洗う為のものだ」
飲むのではないぞ、と面白がるような響きをこめて国王はニィカに教えた。
「はい、王様」
自分の気持ちを見透かされた気恥ずかしさでニィカはほおを熱くした。