87. 結い髪
ドルジャッドの国の衣服は、ほとんどリヒティアのものと変わらなかった。ただ、糸が細く薄手につくられている。
肌着から靴まですっかりと新しくよそおい、ヘレーは最後にニィカの髪の青い石のバンドをほどこうとした。
ニィカは頭をふってそれを拒んでから口を開いた。
「これ、つけてないといけないの」
背後にいるヘレーがどんな反応をしたのかはわからない。ニィカは早口につづけた。
「あたしのなかには『特別なもの』がいるから、このバンドをつけて、おいのりして、かくしてないといけないの」
ヘレーの指先はまだ髪にふれている。さらりと黒い三つ編みがほどかれた。
「承知致しました。それでは髪を結い直させて頂きます。バンドはその後に」
お持ちくださいませ、とニィカの手の中に青い石の連なりが下りてきた。
ヘレーはゆるく波打つ細い髪をとかす。頭の真後ろでひとつにまとめて編み、まるく結い上げる。前髪も巻き上げてつるりとちいさな額を出した。髪の色にあわせた黒いヘアネットをかぶせて「バンドをお渡し頂けますか」とニィカの前に手を差しだす。
ニィカはまっすぐに前を見たままもぞもぞと青い石のついたバンドを渡した。
ヘアネットを留めるように、編み上げた髪の根元にバンドが巻かれる。途中でヘレーの手が止まった。
「ニィカ=アロアーラ様」
「はい」
髪をしっかりと手のひらで押さえられていて、振り向けない。
「バンドにあしらわれた石がひとつ欠けているようにお見受け致しますが。いかがなさいますか」
「え? ──あっ」
イセファーで売ろうとして、マルシャとおじいさんに止められて。それから……。いつなくしてしまったのかは思いだせない。ニィカはくちびるをかんだ。
「……いかがなさいますか?」
ヘレーが重ねて訊いた。
「うん、そのまま使って……ください。どこかに落としてきちゃったみたいだから」
「承知致しました」
ヘレーはバンドを二重に巻きつけて、結んで、両端をみじかく垂らした。
「できたんですか?」
「はい」
知らず知らずのうちに肩に力が入っていた。ニィカはふるふると首をふった。すこしだけ頭の後ろが重かった。
ヘレーがニィカを呼んだ。「はい」と返事をしてふりむくと、彼女はブラシなどを他の使用人に手渡してからことばを発した。
「私にそのように改まった態度を取っていただく必要はございません。どうぞヘレーとお呼び下さい」
ニィカはぎょっと目を見張った。
「でも……」
「身分の高いお方には高いお方なりに、身分の低い者には低い者なりにふさわしい態度と義務がございます。どうぞご理解下さいませ」
おそるおそるたずねる。
「あたしの、身分って……?」
「恩寵の御子。我が国の勇躍の要石でございます。ニィカ=アロアーラ様は国の行く末を司る宰相と同様の立場でいらっしゃいます」
意味はよくわからなかったけれど、思っていたよりもはるかに高い身分を与えられていることは感じとれた。
「……あたし、なにすればいいの?」
「今は何もなさる必要はございません。全て私どもにお任せ下さいませ」
「……はい、ヘレー」
いい子にしてる、というケルーノとの約束を思いだしてうなずいた。
「それでは、食堂へご案内致します」