85. 眼下に
イセファーの子供たちと直接会えるわけではなくて、ニィカはがっかりした。
ドルジャッド王にまみえた部屋を出て、ゆるやかな曲線をえがく階段を二階まで下りて、城の裏手が見える部屋に通された。
ニィカは北向きのおおきな窓からほとんど身を乗りだして、みんながやってくるのをじっと待っていた。部屋に使用人が入ってきて、軽食と飲みもののしたくを整えていったのにも気がつかなかった。
やがて四頭立てのおおきな馬車が城の角を曲がってやってきた。御者が下りて城内へ入り、ニィカの視界から消える。おさげを垂らして待っていると、声がガヤガヤと壁をのぼってきた。
ひとりの兵士が見えたと思った直後にはちいさな人影が次々と飛び出す。見えるのはほとんど頭のてっぺんで、だれがだれかを見分けるのはむずかしかった。
泣き声、兵士に食ってかかるケンカ腰、馬車への誘導、子供の高い声がまじり合う。
ニィカは窓からぐっと上半身をせり出してさけぼうとした。つまさきもほとんど地面から浮きそうだった。
息を吸ったそのとき、服のえりがうしろに引っぱられた。バランスをくずしてしりもちをつきかけたところを支えられる。
ニィカは不機嫌に背後の兵士を見あげた。兵士はニィカを見返して「……落ちるといけない」と首をふった。くちびるをとがらせたニィカはぷいと顔をそむける。窓辺に寄ってふたたび外に夢中になった。
子供たちはひとりずつ馬車に吸いこまれていく。その窓からにゅっと腕がのびては引っこむ。馬は静かに御者を待っていたが、馬車はひっきりなしに揺れ動いていた。
馬車を駆ってきた兵士が周囲を見渡して乗りそびれた者がいないのを確かめる。バタン、バタンと手荒くとびらを閉めて御者台へとび乗った。
鞭にこたえて馬がゆっくりと脚を動かす。重そうにきしみながら馬車はリヒティアへむけて進みだした。
馬車が堀にそって曲がり、すがたを消し、耳をすませても車輪の音さえ聞こえなくなって、ようやくニィカは窓からはなれた。すんと鼻の奥がさびしかった。
「腹は減っておらぬか」
兵士の指したさきには菓子と細口の陶器瓶があった。
「……いらない」と言いかけて、しばらく前にアーロスから聞いたことを思いだす。
「食べる」ときっぱり宣言していすにすわった。
細口の瓶から注がれたのは温めたリンゴ酒だった。まだほんのりと湯気がたっている。干し果物入りのケーキはぱさつくほどにしっかりと焼かれていて、ニィカはごくごくとカップをかたむけた。
「ねえ、ここがあたしの部屋になるの?」
背中で手を組んで立っていた兵士はちらりと顔を動かして「否」とだけ答えた。
「じゃあどこ?」
「これから案内いたす。……よいか」
「まって」
ニィカは大急ぎでケーキを口につめこんだ。