84. 王
ドルジャッドの城でニィカがはじめに見たものは、緑の庭だった。
きれいに刈りこまれた植え込み。水の音と鳥の声。茂みのあちらこちらに立つ彫像も馬の上からなら見つけられた。
脇にそれようとする黒馬をなだめながら、兵士たちは中央の広い道を進んだ。途中、ガラスをふんだんに使ったこぢんまりとした建物があった。
城の玄関扉は大きく口を開けていた。ニィカは兵士の手を借りて馬を下りた。
「此方へ」
導かれ、薄暗い城内へむかう。リヒティアの騎士たちはもうついてきてはいなかった。
ドルジャッドの王は白いものの交じるひげをたくわえていた。ニィカはその前に進み出て頭を垂れた。
「はじめまして、ドルジャッド国王様」
兵士たちはニィカの後ろで直立している。
「ドルジャッド、はいらぬ」
ゆったりとした声にニィカは目をぱちくりさせた。慈愛さえ感じさせるその響きは、これまでに想像していたようすとはまったく違っていた。
ドルジャッド王は低く豊かな声でつづけた。
「余はいずれ天下を統べる。遍き太陽の威光の地に、余の他に王は存在せぬ」
ニィカはリヒティアの国王を思い浮かべたものの、「……はい、王様」と返事をした。目の前の王は満足そうにあごひげをなでた。
「恩寵の御子よ。そちの力添えを期待しておるぞ」
言いようのない胸のつかえを感じながらも、ニィカは一度だけうなずいた。
「……とは言え」
ドルジャッド王はふと片ほおで笑んだ。
「年端も行かぬ子供を戦へ同行させる心算はない。リヒティアを離れて早々に此処へ仕えよというのも酷であろう」
ニィカはほっと息をついた。
「懇ろに世話をさせる。所望があらば告げるがよい」
「はい、王様」と応えて、ニィカはつづけた。
「それなら、みんなに会いたいです。イセファーからここに連れてこられてるって聞きました」
「それはできぬ」
落ち着きはらった姿をくずさずにドルジャッド王は答えた。
動揺に開いたニィカの口からのことばを待たずに告げる。
「御子よ、案ずるな。彼の者らは既にリヒティアに渡しておる。直に出発となろう」
「はい……」
うつむいたニィカの頭に声がかけられる。
「そちが希望するならば、出立を見送らせてやってもよい。如何だ」
「はい!」
ニィカはぱっと顔を上げた。
ドルジャッド王はまた軽く笑った。
「ならば早速案内させる。よいな」
ニィカの背後で「はっ」と短く返答があった。
「行くがよい。余はそちを歓待する」
ぺこりと頭を下げて、ニィカはあとずさった。背後の兵士がぶつからないようにすり足でわきによけた。