83. らせん
馬車が停まった。とびらが細く開いて光が射しこむ。ぎゅっと目をつぶって明るさに目を慣らした。
石畳に立った兵士がニィカに手を伸べる。「下りるの?」と聞いてからその手をとった。
ひさしぶりの地面。ニィカは思わずよろめいた。ずっと揺られていたせいで、足元がぐらぐらする錯覚を感じていた。
まわりがみんな普通にしているのを見て、石畳を踏みしめる。
目の前にはすきまなく積まれた石の山がそびえていた。よく見るとそれは何重ものらせんを描く石塀だった。らせんの頂上にはとがった屋根の城があり、城の四隅にはそれぞれ角ばった塔が立っていた。
「歩けるか」
ニィカのとなりにいる兵士が左を指ししめす。塀と塀のあいだに細い階段がのびていた。
「……あのお城までつづいてるの?」
うなずきが返ってきた。
どれくらいあるんだろう。石塀を視線でたどる。
「御子」
いつのまにか兵士が黒い馬を牽いてきていた。
「乗るがよい。……乗れるな」
「うん」
手を借りながらも鞍にまたがる。足があぶみに届かなかったので、手綱を強くにぎった。
しっかり腰を落ちつけたのをたしかめて、兵士は馬のくつわのあたりに手をかける。
人が歩くのと同じゆっくりとした速度で黒い馬は石段をのぼりはじめた。
足をぶらぶらさせながらニィカはあたりを見渡す。座っているだけなのはおなじでも、景色が見えるのと風があるのとで気持ちがいい。
振りかえると、ドルジャッドの兵士たち、それにリヒティア王国第一兵隊の騎士たちが長く列をなして歩んでいた。
乗っている馬もそれを導く兵士も、疲れた気配は見せない。ニィカは足がだるくなってきたのをじっと我慢していた。
城はもう間近に見えている。近づくにつれて石段はどんどんせまく、急になっているように思えた。
吹き下ろすかわいた風がおさげ髪と服をはためかせた。その行き先を見送って、ニィカは思わず声をあげた。
眼下にはいっぱいに街がひろがっていた。指でつまめそうにちいさく見える家が段々にならぶ。赤茶色の屋根の層の底には二重に塀がめぐらされている。
塀のむこうにも家がある。あいだを縫って灰色の道が曲がりくねる。遠くに幌をかぶった荷馬車が見えた。
「バツィリーセクルだ」
ニィカの乗る馬を牽く兵士が告げた。
「なにそれ?」
聞きなじみのない言葉。兵士は空いている腕で景色をしめした。街の名前なんだ、とニィカは思った。
気づけば馬は歩調をゆるめていた。ニィカはほおや首筋に風を感じながらはるばると街を眺めた。
階段を上りつめると城はもう目の前だった。ただ、満々と水をたたえた堀がニィカたちの立つ広場と城とをへだてている。
馬が右手へ回りこむ。ニィカたちを迎え入れようと跳ね橋が下りていた。
ニィカは馬にまたがったまま、兵士たちは徒歩のまま、城門をくぐった。




