81. 二国の馬車
ぐねぐねと廊下を曲がって、ひときわ重厚なとびらの前へ。両脇に控える騎士がうやうやしい所作でニイカを室内に通した。
部屋にはずらりとおとなが立ち並んでいた。入り口から見て右にはリヒティア王国の第一兵隊。左にはドルジャッドからの使節の一隊。いちばん奥の階段の上の玉座からは、金糸銀糸の刺繍をした衣装に身をつつみ、きらびやかな冠を頭にいただいた国王がこちらを見下ろしていた。
かれらの目がいっせいにこちらを向いて、ニィカはすこし口を開けたまま動きを止めた。
修道女がひざを折って低くひざまずくのを見て、ぎこちなくまねをする。
「待っておったぞ。……出立の用意は済んだな」
「……はい」
返事をするときだけ顔を上げて、すぐにまたふせた。
「この子供が、件の恩寵の御子とお見受けする」
「そなたらのことばを使うとすれば、そのとおりだ。くれぐれもよく目をかけ、不自由のないように頼む次第だ」
「しかと承った。預かっている子らは御子と入れ替わりにお返ししよう」
頭上で堅苦しい声が行き交う。
「馬車と荷の用意は整っている。いつここを発つつもりだ」
「ならばすぐにでも。……御子よ、よいな」
不意に声をかけられて心臓がずくりと早まった。顔をうつむけたままで返事をした。
「達者で暮らせ、ニィカ=アロアーラ」
国王がゆっくりと語りかける。
「はい。王様、お世話になりました」
練習していたせりふを言う。上目づかいにドルジャッド兵を見る。ひざを伸ばして立つと、かれらのうちのふたりがニィカの左右についた。
「それではお暇させていただく。今後とも貴国とは良好な関係を築いていかんことを、陛下は強く望まれている」
「余としても意に相違はない。互いによき隣人でありたいものだ」
兵士にうながされ、ニィカは振りかえり振りかえりしながら部屋を出た。うしろからは残りのドルジャッドの使節とリヒティアの第一兵隊の騎士たちがぞろぞろとついてきた。
何台もの馬車が隊列を組んでいた。ニィカはその先頭、ドルジャッドから来た箱馬車のそばへ連れていかれた。
二頭立ての大きなもので、側面には紋章が描かれている。盾を背景に黒鉄色の毛並みの狼が二頭、後ろ足で立って向かいあう意匠だった。
その前につながれた馬も輝くように黒かった。おとなしく呼吸に腹を波打たせている。ニィカはもっと間近で見ようと足を進めかけたものの、ドルジャッド兵の一人がさっと行く手をさえぎり、彼女を車内へ通した。
堅牢な外甲のなかの座席には、しっとりと柔らかなクッションが敷かれていた。ニィカはそのまんなかに尻をうずめる。窓にはやはりぴたりと覆いがされていて、外のようすは見えなかった。
左右に兵士がすわる。馬車はそのたびにすこしかたむいて音をたてた。