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ニィカ!  作者: 稲見晶
第三章 威光の都リヒテシオン
78/115

78. 四特性

「よう、黒熊」

 壁にもたれかかるベッゲイが眼帯のない右目でギュミルを見つける。

「意外だな、おまえもこっちか」

「意外?」

 眉を上げて聞き返す。

「おまえ、あの娘のお目付役だってうわさだぞ」

「……ばかな」

 心からの嘆息が生まれた。

「なんだ、ガセかよ」とベッゲイは笑った。頬の筋肉が盛りあがり、すこしだけ親しみやすい印象になる。


 ベッゲイのとなりでギュミルも壁に背をあずける。

「あのあんちゃん、大丈夫かね」

 すこし離れて腕を組んでいたヘイクがふんと鼻を鳴らした。

「大丈夫だろ、なにせとんだ特別扱いだ。会議だってさんざんこねくり回して、結局はあいつの言う通りになる」

「ずいぶんと言い切るんだな、ヘイク?」

 なにかと反発したがる若者を見る苦笑いでベッゲイがたずねた。ヘイクは彼に横目をやってぼそりと応えた。

「ああいう手合いは奇策を考えんのがうまいんだよ」

 ギリ、と奥歯を噛みしめる音がする。

「それがなんなのか、わからねえのが……。くそっ、俺も騎士になっちまってるってことか」

 ヘイク率いる第四兵隊は主に街道域外に派遣される。一旦任務が下されれば、それを遂行し、帰還するまで王城と連絡をとる機会はほとんどない。自然、第四兵隊の者は他の騎士とくらべて独立気質が旺盛な傾向にあった。

 隊長であるヘイクはその性質をもっとも露骨に示している。彼の不遜にも見える態度や皮肉な口ぶりは、さまざまなしがらみから距離をとるための意図的な策でもあるのだろう。

 彼はいらいらと足先を動かす。ケルーノが考えた案に行きつこうと躍起になっているらしかった。


 ギュミルは周囲を見渡して大臣をさがした。ここにいる中では彼がもっとも詳しいだろう。

「大臣」

 呼びかけると巨躯に一瞬たじろいだのがわかった。ギュミルはかまわずにつづける。

「さっきの話で、お聞きしたいことが」

「……そうか、場所を移すか? 聞かれてはまずい話ならば、だが」

「ここで結構です。あの恩寵の特性……でしたか。あの意味がよくわからなかったもので」

 大臣は思いだすように視線を下へ動かし、「『外』と『変化』か。……以前に聞いてはいなかったか」とうなった。

「聞いたかもしれませんが」

 あとの言葉は肩をすくめてごまかした。


 どこから説明したものかと大臣は目を中空へやり、話しだした。

「恩寵、そしてそこから生じる加護は二種類の性質を持つと言われている。『内』か『外』か、そして『静穏』か『変化』か」

 指先がふたりのあいだの空間を縦横に区切った。

 

「『内』は加護の対象そのものに与えられる力、『外』は加護の対象とその外部との関係に与えられる力だ」

 大臣の指の動きを見るに、下が『内』、上が『外』を指しているらしい。

 そのような話を聞いた覚えがあるような気もする。ギュミルは過去の記憶を探しつつ、目の前の声に注意を払った。


「『静穏』は状態を維持しようとする力、『変化』は状態を変化させようとする力」

 『静穏』はギュミルから見て右側、『変化』は左側だった。


「恩寵はおおむね『内』か『外』か、さらに『静穏』か『変化』かの性質を持つ。すなわち四の特性に大別される。……わかるか」

 四の特性、というのは確かにかすかに記憶に残っていた。騎士団の各隊のマントの色はそれぞれ特性を反映していたはずだ。ただ、今それは話の末節にすぎない。ギュミルは黙って首肯した。


「ニィカ=アロアーラの特性は『外』と『変化』、つまり加護の対象とその外部との関係を変化させる力だ」

 大臣の指が四つに区切られた空間の左上で円をえがく。

「関係を、変化……」

 低く繰り返す。おそらくはこれが、尋ねたかったことの勘所だ。

「もっとも劇的に、そして苛烈に二者の関係性を変化させるものがなにかわかるな」

 大臣がギュミルを見上げた。指はまだぐるぐると動き回っている。しばらく黙っていると「おまえの仕事だ」と続く声があった。

「……戦ですね」

「その通りだ。ニィカ=アロアーラによる加護の影響は、いずれ国同士の争いの行方までをも左右するほどになると思われる。……ドルジャッドは恩寵や心身が未成熟な今のうちに彼女を抱き込もうとしているのだろうな」


「それはこっちだって同じことでしょうがよ」

 突然にヘイクの声が割って入った。考えごとは終えたようで、こちらをじろじろとうかがっていた。

「あの娘、少なくとも半分はエイファーラの血が入ってんのに、陛下はむこうと連絡をとりあう気配すらない。リヒティアでいいように利用してやろうって魂胆が見え見えだ」

「ヘイク。オレが嬢ちゃんをエイファーラに帰す進言をしたの、忘れちゃいめえな?」

 ベッゲイがずいと詰め寄る。ヘイクは「却下されたことまで覚えてますぜ、隊長殿」とねばっこく答えて鼻で笑った。

 片目ですさまじい怒気を放ち、ベッゲイは自分の指の関節を鳴らした。そこから手をもむようなしぐさをし、勢いよく息を吐いて無理矢理に落ち着きを取り戻した。

「この件が終わったら、お前を思いきりぶん殴る許可を陛下に求めに行ってやる」

「どうぞ、ご勝手に」

「お前もどうだ、黒熊」

 その誘いに、片眉をわずかに上げる。

「……陛下の許可が得られれば、だな」

「まったく、忠義深い飼い熊だ」

 一向に懲りた気配を見せず、ヘイクは皮肉った。

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