76. 金の髪
全員が話を聞く準備を一応ととのえ直したところで会議は再開した。
「さっき、ヘイクが話していたことですが……」
皮切りはエウスだった。ヘイクはまだ混ぜ返すのかと顔をしかめる。
「私も、王国の発展を真に優先すべきとの意見には賛成です。それを踏まえて申し上げます」
人前で論を述べることに慣れている朗々とした声音だった。威風と自信を感じさせる。
「ここはドルジャッドの要求に応じ、彼女を引き渡してはいかがでしょう」
「なに?」
国王の眉があがる。エウスはもちろんその反応を予想していた。
「ただし、こちらからの条件を加えてやるのです。ドルジャッドが未来永劫リヒティア王国の地を侵さないように、と。いかがでしょう」
「ふむ、なるほど……」
国王はその案に乗り気になったようだ。エウスの話しかたも少なからず影響しているだろう。
「その約束、ドルジャッド側が守る保証はあるか」
ギュミルが訊く。
「……守らない理由は、ないんじゃないかい?」
慎重にコーデンが口を開く。
「ただ、守る理由だってないでしょう。……おそらくは慎重になったほうがいいかと思います」
「ならおまえは、なにか案があんのか? 黒梟の」
ヘイクの言葉に、ギュミルは首を重く横にふるしかなかった。ヘイクはふんと鼻を鳴らす。
「なんでおまえが呼ばれてんだか。あっちのガキどもも」
指した先では、子供たちが退屈そうに口をとがらせていた。ニィカは両手で頬杖をついてむくれていたし、アーロスは机につっぷしている。ケルーノは背もたれに深く身をあずけて椅子の前脚をゆらゆらさせていた。
「おまえたち、当事者なんだぞ。わかってるか?」
呆れを取り繕ったような笑いに変えてエウスがたずねた。
「わかってるけど……」
答えたのはニィカだけだった。
「なら、なにか思いついたら言ってくれ。そのために呼ばれたんだろう」
「しゃべってもいいけど、ボクがしゃべったらみんなこわい顔するじゃないか」
「考えがあるのか!?」
目を見張って身を乗りだしたエウスに、ケルーノがガタッと椅子を引く。
「……ほらあ!」
エウスは気まずく視線を泳がせて「……すまない」と謝った。相手を安心させるようなおだやかな表情をつくり、あらためて頼む。
「怖がらせてしまっていたなら申し訳ない。あれこれと考えなければならないことが多く、つい焦ってしまった。もしもよさそうな考えがあるなら、どんなささいなことでも聞かせてくれ」
ケルーノはエウスのまっすぐな瞳から逃げるように椅子の上でひざをかかえうつむいた。その手が落ちつきなく動いて、アーロスの手を握りしめる。
「おい、だいじょうぶか?」
アーロスの問いかけにちいさく何度かうなずいてから、かれの腕を引きよせ、その耳元でぼそぼそとつぶやく。
「……んだよ、聞こえねえよ」
やや迷ってから、ケルーノはかぶっていた布を引き上げて口元をあらわにした。金色の髪の先も見えた。
ケルーノの唇がこまかに動く。アーロスは真剣な顔つきでそのささやきを聞き取っていた。彼が時折相槌を打つ以外は、室内は静まり返っていた。
「……ん。んじゃ、それ言っていいな」
こくりと首をたてに振り、ケルーノはふたたび顔の布を下ろした。