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ニィカ!  作者: 稲見晶
第三章 威光の都リヒテシオン
75/115

75. ニィカの行き先

 すっかり待ちくたびれたという風情をあらわにしてケルーノとアーロスが入ってきた。

「それで? なにすればいいんだっけ?」

 発言にあわせて首を左右にかしげるケルーノ。顔をおおったままの黒い布がゆらゆらと揺れた。

「ニィカ=アロアーラをドルジャッドへわたすことなく、子供たちを連れ戻す方法だ」

「……うん、そうだった。で、ボクはどうしたらいいの?」

「それを今から考えようというのだ」

 国王は頭痛をこらえるように頭に手をやった。

「誰でもよい。案のある者は述べよ」

 葉擦れのようなざわつきがあったが、はっきりとした発言にはならなかった。


「身代わりを立てるのはどうです。どこぞの身寄りのない娘でも渡してやればいい」

 口火を切ったのは第四兵隊長のヘイクだった。この場をさっさと退出したいという態度がにじみ出ている。

「早々に露呈しよう。恩寵の大きさまでは偽れまい。……かの国の怒りは買いたくないものだ」

 ヘイクの口がゆがむ。舌打ちをする寸前で、反論したのが国王だと思いだしたようだ。


「もともとそんな娘はいなかったと伝えては?」

「今さらか? 否定するには時間が経ちすぎている」

「問題を外に出したいってんなら……」と自分のあごをさするのは第五兵長のベッゲイ。

「嬢ちゃん、あんたのご両親、エイファーラかどっかの出身だな?」

 彼は胴間声でニィカに問う。詰まった体つきに左目の眼帯と、ギュミルに劣らずならず者のような風体だが、その口調は磊落で気さくだ。

「イフ=ファッラのこと?」

「あっちのやつらはそう言うな」

 ベッゲイはうんうんとうなずいた。

「なら、パパが昔住んでたって、聞いたことある」

「だろうなあ。そんなら、この嬢ちゃんをエイファーラに連れてったっていいわけだ。さがせば親戚かなんかもいるだろう。あっちで面倒見てもらうってのは……、どうですかねえ、陛下」

 ニッと笑いかける。国王はその言葉を吟味して頭をふった。

「可能であれば……、ニィカ=アロアーラは国内に留めておきたいものだ。加えて西の果てのエイファーラまで、ドルジャッドの目をごまかす方法も考えねばならぬ……。いや、ただ、案のひとつとしては覚えておこう」

「光栄です、陛下」


 そこでふとリンゲルが顔を上げた。

「陛下。以前われらは彼女をロシレイへと送り届ける任を承りました。……力及ばず、申し訳ございません」

 歯の間から漏れる苦い声。この面々のまえで失態を公に認める悔しさがにじむ。

「過ぎたことだ。今ここにニィカ=アロアーラを取り戻せたのだ。本題を申せ」

「はっ。その際にはドルジャッドからの要請――いまや卑劣な罠と言うべきでありましょうか――に従ってロシレイへ向かったことと記憶しております。……ドルジャッドの企みを考慮の外に置くとすれば、彼女をロシレイへ遣ること自体は問題ではないとお考えだったのでしょうか」

「そうであるな」と国王は指先をとんとんと動かした。

「ロシレイの地はどの国からも不可侵である。他国へ渡すこととなるくらいならば、ロシレイへ行かせたほうがよいと判断した」

 大国の言いなりになったことを悔いるため息が生まれた。リンゲルはそれをかき消すように述べた。

「ならば、陛下。彼女をリヒティアの外へ出さねばならぬとすれば、エイファーラよりロシレイのほうが好都合であると考えてよろしいでしょうか」

 突き出すようなことばにやや目を見開いて、国王は「そういうことであるな」と息をついた。

「……としても、やはり移動の問題は残るな。かかる日数はエイファーラとほぼ変わらないうえに、あそこはドルジャッドの隣国だ」

 こんなときにもどこかのんびりした口調のコーデン。


「もっと遠くにやっちまうって手もありますよ」

 ヘイクが目を細めて皮肉たっぷりに言った。怪訝な目つきを集めたことを見計らってつづける。

「ほら、ニェヴェナなんてどうです。さすがに空の上まではやっこさんたちも追ってこないでしょう」

「――なにを言う!」

 とたんに場は色めき立った。

「議題を忘れたか、ヘイク。ニィカ=アロアーラの安全は最優先に考えなければならぬ」

「陛下ともあろうお方がそのようなことをおっしゃるとは。真に優先すべきはリヒティア王国の発展でしょう。この娘がいなくなれば、少なくともすべてチャラにはなります。違います?」

「誰にものを言っている!」

 おざなりな敬意にギュミルは声を荒げた。ヘイクは眉をよせて彼を見返した。

「このままあれもダメ、これもダメじゃなにひとつ決まりやしない。犠牲にするものをさっさと選んじまうべきだと思いますがね」

「鎮まれ」

 圧をこめて国王が告げた。ギュミルは瞬時に姿勢を正す。ヘイクはまぶたをぴくりと動かして黙った。

「ヘイク。そなたの言うことももっともだ。ただ、それはまだ早急に過ぎよう。犠牲を選ぶのは最後の手段だ」

 ヘイクは肩をすくめた。


 砂色の髪をゆらしてコーデンが言う。

「なんにせよ、こんな子供を目の前にしてだれを犠牲にするしないを話すべきじゃないな。ごめんな、怖い話をして」

 そうニィカにほほえみかけ、苦笑いをした。ニィカはすっかり退屈してしまったらしく、アーロスとケルーノと、手あそびにいそしんでいた。

「……ニィカ=アロアーラ! そこの者ども!」

 国王の呼びかけに三人ははっと手を引っ込めた。

「えーっと……、終わった?」

 ケルーノのとぼけた口調。城の者たちは黙って首をふった。

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