74. 「外」と「変化」
異物が去り、王城の者たちはやれやれと息をついた。
「これで落ちついて話ができますな」
最初に、そしてもっとも露骨に心情を態度にあらわしたのは国王のすぐ横にひかえる大臣だった。
「……陛下。この少女について――」
温度の低い声でリンゲルがふたたび口を開いた。
「わかっておる。その点については余よりも彼女が詳しいであろう」
指し示され、視線を一身に受けて、ニィカのとなりの修道女がからだを縮めた。彼女は白い顔でつばを飲み、椅子から立ち上がった。
「みなさまも、おそらくご存知のこととは思いますが――」
武張った沈黙がか細い声を取り囲む。修道女はニィカをちらちらと見ながらつづけた。
「私ども修道会はここリヒティア王国の恩寵を把握し、統べることを目的としております。ニィカさんのことはずいぶんと以前から知っておりました」
「そうだったの?」
少女の無邪気な驚きに、修道女は少しだけ表情をやわらげた。
「ええ。ニィカさん、あなたの恩寵はほんの乳飲み子のころでさえ顕著なものでしたから。恩寵の特性もあって……、あなたを修道院に引き取り育てるという話も出ていたそうです」
「え?」
「特性?」
ニィカとギュミルの聞き返しがかさなる。修道女は彼に目をむけてうなずいた。
「はい。『外』と『変化』です」
そう言われてもぴんとこなかった。ただ、ほかの者がそこに疑問をいだいた気配はない。「なるほど……」と漏らす声も聞き取れた。
仕方なしにギュミルは腕を組んで「そうか」と納得したふりをした。くわしい事情は後でエウスにでもたずねよう。
重圧感のあるギュミルからそっと目をそらして説明はつづく。
「もちろん、ニィカさんの恩寵それ自体も非常に……、私たちが、国として無視できないほどに大きなものです。さらに『外』と『変化』の特性が加われば、きっと世界の情勢を動かすこととなるでしょう。リヒティア王国の盛衰に、大陸の覇権――」
ふたたびつばを飲んで、修道女はニィカを見つめた。琥珀の瞳は不安を浮かべながらも揺らがなかった。
「――ニィカさんの恩寵は間違いなく、計り知れない影響を及ぼします」
静寂が張りつめた。修道女は心細げに国王へ頭を下げた。
「ニィカ=アロアーラ。そなた自身の恩寵について理解はできておるか」
ここで彼女が首を横にふれば、より明快な説明が手に入るのだろう。ギュミルはささやかに期待した。
「……はい、修道院で、いろいろ教えてもらいました」
ニィカは一語一語をはきはきと区切って言った。ギュミルは誰にも気付かれないように肩を落とした。
「ならば説明は終いだ。彼らを呼び戻せ」
衛兵のひとりを使い代わりに出した。ニィカはそわそわと扉に目をやっていた。