73. 円卓
二日後、ギュミルは円卓のある会議の間のとびらをくぐった。
騎士団の隊長や大臣の居並ぶはしに、やや異様な面々がある。
やや顔色の悪く見えるニィカ。そのとなりで居心地悪そうに肩をちぢめるお守り役の修道女。口を開けて天井や調度を見回すアーロス。そして黒っぽい布を頭からかぶり、背を丸めぎみにしている者がひとり。体つきから男のようだと見当がついた。
「なんだ、おまえは」
低い声で誰何する。
「ケルーノ」とアーロスが代わりに答えた。顔を隠した男が言葉を継いだ。
「ボク、これがないとこわいんだ」
幼い口ぶりだった。騎士たちはめいめい苦笑いをうかべたり肩をすくめたりといった反応を示した。
「陛下の御前ではそいつを外せ。顔を隠すな」
ギュミルの言葉から逃げるようにケルーノは椅子の背もたれに身をよじった。反対にアーロスは椅子から立ち上がらんばかりにあごを突き出した。
「人のこと言えんのかよ、おっさん」
幾人かがギュミルの髭面を盗み見て吹きだした。ごまかすようなせき払いがつづく。
ギュミルはそれ以上ケルーノに注文をつけるのを止め、にやにや笑いをつづけるエウスとコーデンに非難がましい目つきを送った。
ついでにニィカを見ると、彼女は笑いをこらえようと息を止めておかしな顔つきになっていた。
今回呼ばれた黒梟隊の者はギュミルだけだったようだ。やがて国王が姿を見せ、部屋の最奥に座す。ケルーノに目をやってわずかに眉をひそめたものの、咎め言を発することはなかった。
「早速ではあるが、本題を述べる。ニィカ・アロアーラをイセファーで保護していた者たちがドルジャッドの手に落ちた。彼らと引き換えにニィカ・アロアーラを渡せとの書状が届いた」
兵隊長のいくらかがざわついた。それ以外にとっては既知のことだった。
「何十、何百の犠牲を出そうと、ニィカ・アロアーラをかの国へ遣るわけにはいかぬ。決してだ。ただ……」
国王の目が円卓のふちをたどり、少女のところで止まった。ニィカはそれをまっすぐに見返した。
「本件はニィカ・アロアーラ……、そこにいる娘の知るところとなった。彼女はイセファーの者たちの無事を第一に望んでおる」
自分へ集まった視線にも臆すことなく、ニィカは深くうなずいた。
「ドルジャッドの要求を飲むにせよ拒むにせよ、ニィカ・アロアーラかイセファーの子らか、一方は犠牲とすることとなる。しかしながら、今回そなたらを呼んだのは第三の手段を見つけ出すためだ」
円く集められたひとりひとりの顔をしかとのぞきこみ、沈黙を我がものとし、国王は重々しく告げた。
「そなたらには、ニィカ・アロアーラを渡すことなく人質を奪還する術を考えてもらいたい」
めいめいが事態を把握する時間をとり、室内は静まり返った。
はじめに口を開いたのは、第二兵隊隊長のリンゲルだった。
「……僭越ながら、陛下。今のお言葉だけでは如何とも返答いたしかねます。まずは……、この少女を守らねばならない必要性を確かめさせてはいただけませぬか」
万事に慎重な彼らしいことばだった。ほう、と大臣たちが声を漏らした。
列席者を見回して国王が答えた。
「ふむ、もっともだ。ここで明らかにすべきことははっきりと明らかにしておこう。……ただ、そこの者ども」
ケルーノを、そしてアーロスを指す。
「そなたらは席を外せ。直に呼び戻す」
扉ぎわに控えていた衛兵が二人に近づく。
「なっ、なんだよ!」
アーロスがばたつきながら立ち上がった。
「本件が外部に漏れては困る。しばし外で待て」
ケルーノは厚い布をかぶったまま首を動かした。その視線ははじめニィカに、次いで円卓をかこむ男たちに向けられたようだった。
「キミたち、ニィカをいじめたりしないよね?」
ぞんざいな口調にいくつもの眉がびくりとゆがんだ。ギュミルは比較的彼のことを知っている存在として、その言動を受け流した。
おそらくこの青年はこれ以外の口のききかたを知らないのだ。
「当然だ。早く行け」
そう言ってやるとケルーノはおずおずとアーロスへ首を回す。
「アーロス、ついてきてくれる?」
「……しょうがねえなあ」
ずいぶんと細長く見えるケルーノを支えるようにアーロスが彼のそばへ動いた。