72. 守護者
先日のように自室で向かい合う。
「おまえは事情を知っているのか」
答えはない。アーロスはただただうつむいている。そのよごれた手の甲に水滴が落ちた。必死に涙を押し止め、声をのどの奥にかくして、アーロスは泣いていた。
ギュミルは鼻から細く長く息を吐き、彼の涙がやむのをだまって待っていた。
落ちついた頃合いを見計らってふたたび「なにか知っているのか」とたずねた。泣き濡れた目がぼんやりとギュミルを見上げる。くちびるが何度か動いたものの、声は出なかった。
「……あいつが怒っていた理由だ。俺はなにも知らん。どんなことでもいいから話してみろ」
ようやく「……オレ、あんなこと、言わなきゃ……」と弱々しく言葉が漏れた。
「あんなこと?」
大きくなった声にアーロスがびくっと肩を震わせる。
「すまない。お前を責めてはいない。ニィカに何か言ったんだな」
ゆっくりとしたうなずき。
アーロスのくちびるが小さく動いた。
「逃げてたのに……。どうすればいいかわかんなくて……。でも、あいつ、ニィカ、すっげえ訊いてきて、もう、オレ……」
「わかった。なにを言ったんだ」
返事の前に一度まばたきがあった。まつげにたまっていた最後のひと粒の涙が落ちた。
「おっさん、……知らねえのかよ」
「知らんな」
ひざの上に置いていた手を握るアーロス。
「あいつら……。あの家のやつら、つかまってるって。ニィカと交換で帰してやるって……」
低いうなり声が出た。わざわざだれかが彼に話して聞かせるはずもない。偶然盗み聞きしたのだろう。
つづくことばは予想通りのものだった。
「ここのやつら、オレたちの仲間のこと、あっさり見捨てやがった」
「だろうな」
「なあ、あいつら……、どうなるんだよ。……殺されちまう?」
最後はほんのささやきだった。ギュミルは腕を組んでふたたびうなった。
「……でも、あいつらを助けるにはニィカが連れてかれんだよな」
「そうだな」
乾いた返答にアーロスはつばを飲んだ。
「……助けてくれよ。おっさん、ナントカっていう……、とにかく、守ってんだろ。守るのが仕事なんだろ。ニィカもオレたちも、守ってくれよ。助けてくれよ!」
悲痛なさけびを手で制する。
「ひとつ教えてやる」
その響きは重く厳しい。
「俺たちが守るのは、この国だ。ひとりひとりの人間じゃない」
「なんだよ、それ……」
「陛下の御心にしたがい、俺たちは国にとって必要なものを全力を賭して守る。そして今回、陛下はお前たちは必要ないと判断を下された。それだけだ」
アーロスは徐々にその意味を理解し、顔を青ざめさせた。
「じゃ、じゃあ……」
「お前とあの男は幸運だったな」
「幸運……?」
「話はわかった。お前は治療室へ戻れ」
席を立ち、部屋を出ようとしたギュミルの背後で騒々しく椅子の倒れる音がした。
「……ふざけんな。ふざけんな、ふざけんな、ざっけんな!」
椅子をけり、地団駄を踏み、やたらにわめく。膨れ上がった葛藤や憤りや胸の中のあらゆるわだかまりが暴れていた。
特段壊されてこまるようなものもない。ギュミルは少年を置いてとびらを閉めた。