71. 追及
翌朝の食堂では言いようのない倦怠感が漂っていた。
その原因は自分の不用意な一言にあるかもしれない。ギュミルはとりあえず素知らぬふりを通すことにした。
見わたした限りではアーロスはいない。コーデンもいつもとなんら変わりないようすで散らばったパンくずを袋にあつめていた。
昨夜の一件は後味の悪い夢のように、表立って触れにくいものだった。
太陽が真南近くまでのぼってきたころ。眠気を振りはらい、どうにか普段の調子を取りもどしかけていたところだった。
「ねえ、どういうこと!」
編んだ黒髪に浅黒い肌。猫のような琥珀色の瞳。訓練場のわきの水場にニィカが立っていた。せわしない呼吸と上下する肩を見るに、いま走ってきたばかりのようだ。
「そんなことを言われても……」
相対していたひとりが足音に気づいて目だけを動かした。つられてニィカも顔をこちらにむける。
ちいさな体いっぱいに怒りをあらわしてばたばたと走る。そのちいさな手はかたく握られていた。
「……なん――」
みじかく問う間もなく、殴られた。ろくにケンカをしたこともない少女の力だ。痛くはなかったが驚いた。
「ばか! 騎士さんのばか!」
罵られる覚えはない。ただ、ここでむきになるのも大人げない。
「どうした」
威圧感をともなう声を発する。
「みんな……、みんなのこと、帰してくれるんじゃなかったの!?」
引きつれたような声でそう言ったきり、ふたたびギュミルにこぶしを打ちつける。
「……なんのことだ」
「……ばか!」
むこうずねを蹴られた。子供のことだと油断していたせいで、なかなかに痛かった。
「ニィカ!」
息せき切ってアーロスが駆けつけた。ニィカの肩をつかんでぐいと引く。
ニィカはよろけてギュミルからはなれる。かかとで強く土を踏んで肩の手を振りはらった。
「やめて!」
ギュミルを殴ったのと同じこぶしがにぎられる。怒りに震えるひじが曲がって、こぶしが腰の高さまであがる。それをぶつける代わりに、ニィカはのどの奥からどなった。
「きらい! もうやだ、みんな、だいっきらい!」
ぽかんと口を半開きにしているアーロスを突き飛ばす。はげしく砂ぼこりを蹴り上げて行ってしまった。
地面に転んだアーロスは土を爪でえぐるようにぐしゃりと握った。
「くっそお……、くそっ!」
腕を振りまわして土を投げる。よごれた手で何度も地をたたいた。
「何があったんだ」
そう問うギュミルの声も聞こえていないようだった。
「……泣いてるのか」
「ちっ、げえよ……!」
両のてのひらで顔をこする。顔までが砂にまみれた。これ以上もたついていては無用な注意を引く。いや、もう遅いか。
ギュミルははいつくばる少年を見下ろした。
「そこにいると邪魔だ。兵舎に入ってろ」
首をふるだけのアーロスにいらだち、首ねっこをつかむ。苦しげな声とともにアーロスが立ち上がったのを見て、ギュミルは兵舎へと踏みだした。