7. 三枚のタペストリー
ギュミルは中に招かれた。
扉が開いてわかったことだが、覗き窓のむこうからギュミルを見ていたのは少女だった。つやつやした黒髪を左右にわけて編み、青い石を編み込んだバンドを巻いている。少し肌の色が濃いのは父譲りだろうか。大切に育てられた子供らしく、ふっくらした頬をしていた。
彼女はニィカと名乗った。
「騎士さん、今、ご飯のしたくしてたの。騎士さんも食べるでしょ?」
「いや、俺は……」
手を振って断ったが、ニィカは彼に背をむけて家の奥へ駆けていってしまった。途中、つり下げられた厚いタペストリーをひょい、とはね上げてくぐる。スープのにおいが感じられた。
ギュミルは手近な木の椅子を引き寄せる。座面にはふかふかとした手触りの厚いマットが敷かれていた。様々な糸をとり混ぜて織ったようで、複雑な色合いをしている。座り心地はなかなかによかった。
手持ち無沙汰にあたりを見渡してみる。入り口を除いた三方の壁には大きなタペストリーがかかっている。それぞれ、他の部屋との仕切りになっているようだ。ニィカが入っていったのは入り口から真正面に見る部屋だ。おそらくは台所だろう。タペストリーには大きな林檎の木が描かれている。
他の二枚は、右側が羊飼いと羊の群れ、左側が草原にいる馬の親子の図だった。
ギュミルは室内の様子にどことなく不思議な印象をいだく。
家の建材や家具のたぐいはこの国によくある、見慣れたものだが、あちこちに飾られた織物が異国情緒を醸している。かと思えば、それらに織り込まれているものはなじみ深いリヒテシオンの町並みやリヒティア王国の事物だ。
あるいはこの奇妙な雰囲気は、単に、このようなこぢんまりとした家に豪奢な織物がいっぱいに広げられ、敷き詰められているためかもしれない。
タペストリーの中の林檎の幹がゆれて、少女が再び姿を見せた。手には四角い盆を持っている。器がふたつ乗っているのがギュミルのところから見えた。
ニィカは慎重に足を進め、ギュミルの前のテーブルに盆を置く。夕飯はスープと、あぶったチーズを乗せたパンのようだった。
彼女を警戒していたわけではないが、無意識のうちにニィカが食事を口にするのを確認してから器を手に取っていた。家の内装とくらべると、スープはごく普通だった。わずかな野菜と塩の味だ。
「ねえ、明日はいつ出るの?」
ニィカが無邪気に尋ねる。ギュミルは少し考えた。この子が馬に乗り馴れているとは思いがたい。
「朝早くだ。何度か休憩をはさんで、着くのはそのまた次の日になるだろうな」
「むこうに着いたら、パパとママに会える?」
ゆっくりと答えを練る。無用な期待を持たせるのは残酷だが、彼らが襲われたであろうというのはギュミルの推測に過ぎないことも確かだ。
「……難しいかもしれない」
「いそがしいのかなあ」とニィカはパンをかじってつぶやいた。今はまだ、そう思わせておいてよいはずだ。