66. 相対
治療室を追い出され、ギュミルは自室でアーロスと睨みあっていた。
彼をここに引きずってきたのはギュミルだった。かなりの抵抗をされたが、所詮は子供の力だ。身動きをとれないようにがっちりと押さえつけられた少年に、医者は飄々と告げた。
「言っとくが、あの兄さんの傷はそいつのしわざじゃねえぞ。鞭なんて器用なもん、そいつが使えるわけがねえ」
カカッと高笑い。
「じゃあ誰がやったってんだよ!」
「教えるわけにはいかんな。これ以上ケガ人を増やされたらたまったもんじゃないわい」
その後もアーロスはじたばたと騒ぎ立てていたが、医者の「さっさと行けやい」ということばにギュミルが抱えて連れだした。
アーロスは釣り上げられた魚さながらに、はじめは勢いよく身をよじらせ、途中からはぐったりとおとなしくなった。
それでも顔を突き合わせてみればぎらぎらとした敵意は少しも鈍っていない。大したものだとギュミルは内心でひとりごちた。
少年は目だけを研ぎ澄ませて、貝のように押し黙っている。ギュミルのほうも何を言えばよいものやら思案に暮れて無言をつらぬいていた。
先に沈黙をやぶったのはアーロスだった。
「……ほかのやつらは。トイゴイにニィカは」
体が小さくふるえる。怯えではなく怒りのあらわれだった。
「あいつ――ニィカはおそらく修道院だ。悪いあつかいを受けるはずがない」
返答にアーロスは表情をゆるめた。それでも唇を引き結んで続きを待つ。
「それと、トイゴイ……といったか。……さっきのあいつとは違うんだな」
アーロスの目に思いだしたように警戒がひらめく。
「ちがう。……ケルーノ」
名前を確認してギュミルはうなずく。
「イセファーからここに来たのは、あの男とおまえ、それにニィカだけだ」
国王のことばを繰り返す。自分の口から出た声を聞いた。
「――そうか」
思わずつぶやいていた。
「なんだよ?」
アーロスが口をとがらせる。
「……いや、こちらの話だ」
気のないようすで返答する。違和を感じた正体。
――みんなを連れてったの、騎士さんたちだったの?――
ニィカの、不信に色どられた問い。あのとき王城に囚われていたのは、あの若者一人だけだったはずだ。
「みんな」というからには。おそらくは、ギュミルたちが彼を捕らえたのとほぼ同時に、姿を消した者がいる。そのうちのひとりがトイゴイという名なのだろう。
その失踪が人為的なものならば。ギュミルたちがイセファーの埃にまみれていたのと同時期にあの町を嗅ぎ回っていたのは。
ドルジャッド兵か……?
アーロスに聞きとがめられないよう、厚いひげの中にことばをかくした。
代わりに勅命を告げる。
「ニィカが見つかった今では、お前たちに用はない。あの男が目を覚まししだい、イセファーへ帰してやる」
アーロスが鼻息を荒くした。その感情の名前はだれにもわからない。
「おまえ……!」
その後につづく言葉はない。彼自身もなにを言うべきなのか見つけられていなかった。
「不服か」
淡々としたギュミルの態度に、アーロスの頬が紅潮する。ことばが堰を切ったようにあふれる。
「ぜんぜんわかんねえよ! ここどこだよ、おまえらなんなんだよ! なんでケルーノケガしてんだ! 勝手にオレたちを連れてきやがって、勝手に決めてんじゃねえよ! オレたちをなんだと思ってんだよ!」
息を荒げるアーロス。彼が何も知らされていなかったことに、ギュミルは初めて思い至った。
「……すまない」
声を落とした謝罪に、アーロスはぽかんと口を開けた。
ギュミルは不用意なことを口走らないよう気をつけた。
「ニィカのことを教える権限は俺にはない。だが、そのほかのことならば教えてやってもかまわんだろう……。どうだ、知りたいか」
あんぐりとしたまま何度かまばたきし、アーロスはこくりとうなずいた。