65. 外傷
意識を失ったままの彼を兵舎の治療室に運びこむ。昼間の光の下で見ると、薄茶けた粗末な衣服から垂れる四肢にみみず腫れがくっきりと浮かんでいた。
医者が黙々と血をぬぐい薬を塗りこめる。とことんまで早さを突き詰めた手荒な治療だったが、彼は人形のようにだらりとしたままだった。ギュミルは腕を組んで医者の手つきを見るともなしに眺めていた。
傷を見るに、牢番の言っていたことはどこまで本当かわからない。少なくとも鞭を二、三度当てるだけでは済まなかったことは確かだ。
とにかく、こいつが目を覚まししだいあの少年を呼んで、さっさと馬車に乗せて――。
とつぜん治療室に何人かが飛びこんできた。
「おい、やりすぎだ!」
「おとなしくしてろったら!」
ふたりの騎士に両脇を固められて連れられてきたのは、アーロスだった。その顔の下半分から胸元に血が垂れているのを見てギュミルは幾分か眉をあげる。
アーロスはそんなことにはおかまいなしに、子犬のようにわめいていた。
「うるせえ、はなせ、はなせってば!」
声は若干鼻にこもっている。先客のギュミルをも油断なくにらみあげた。
「先生、こいつ、殴られて鼻血を出したんだ」
片耳を手のひらでふさぎながら騎士の一人が言う。医者はとつぜんのやかましさに顔をしかめた。
「こんだけ元気なら問題なかろ。行った行った」
追い払う仕草をする。そうは言うものの、強情に動こうとしないアーロスに騎士たちは手を焼いていた。
それとは別に、第一兵隊の新兵が医者に近づく。
「あいつ、こっぴどく噛みやがった。診てくれよ」
彼は手を差しだして、傷を押さえていた赤色の浸みた布を取った。手の甲の親指のあたりに、くっきりと歯形がついている。小さくめくれた皮にかすれた血が付いていた。
医者は「縫うわけにもいかんな」とつぶやいてから、べったりと膏薬をぬってきつく包帯を巻き上げた。
興奮醒めやらぬ若い騎士たちの話を漏れ聞くに、どうやら面白半分に剣を持たせて訓練場に引っぱりだしてみたところ、アーロスはめったやたらと暴れ回り、相手に噛みつき、むきになった騎士から拳を見舞われたというのが顛末らしい。
「……ガキのケンカか」
「ですよねえ」
ぼそりと呟いただけだが、聞かれていたらしい。相槌を打った男はギュミルと目を合わせてニヤリと笑った。
ギュミルはふんと鼻を鳴らして彼から目をそらす。
「――いてっ!」
弾かれたような声。目をむけるとアーロスが騎士の包囲を抜けだしていた。迷わずに奥のベッドに走る。
「ケルーノ!?」
何度もその名を呼ぶ。ベッドに横たわる青年はこんこんと眠りつづけていた。
「おい、ケルー、ノ……」
彼を揺さぶろうと手をのばしたところでアーロスは静まった。四肢に巻かれた包帯と、衣服のあいだからのぞく鞭痕を見つけていた。
アーロスは首を回してギュミルや第一兵隊の騎士たちを振りかえり、ふたたびベッドに目を戻す。両のこぶしをかたく握りしめて、ベッドを背にかばうように向き直った。
「……おい、おっさん」
出血の跡も生々しい鼻をギュミルにむける。右耳のふちの欠けが目についた。
ギュミルは動かず、無言で少年を威圧した。
開いた口で二、三度ほど呼吸をしてアーロスはことばをしぼり出した。
「ケルーノに、なにしたんだよ」