63. 光の色
翌朝、ギュミルは扉をたたく音に起こされた。見れば整った顔立ちに苦笑いを浮かべる第一兵隊長、エウスの姿。その手はアーロスの首根っこをしっかりと捕まえている。
「ネズミがうろちょろしていたぞ、ギュミル」
「すまない」
答えてしまってから後悔した。なぜ俺が子守役にされている。
「オレはネズミじゃねえ!」
アーロスはじたばたと暴れる。エウスは「威勢がいいな」とだけ言って、空いていた手でアーロスの片腕をつかんだ。
「うぐっ、う……っ」
腕をひねり上げられてアーロスの顔がゆがむ。対するエウスは涼しい顔をくずさない。
「お前も仕事があるだろう? 今日は第一のほうでこいつを預かってやろうか」
「ぜひ頼む」
「任せとけ」
会話を交わすあいだ、エウスの手の力がゆるむことはなかった。
「そういうことだ。それじゃあネズミ君、ついておいで」
エウスの手が離れる。アーロスは彼から飛びすさった。
「勝手に決めんなよ! あいつ……ニィカは――」
壁を殴る音がアーロスの言葉を遮った。床に置いていた武具が振動で小さく音を立てた。
エウスの豹変にアーロスばかりかギュミルも目を見張る。
「この部屋を出た後は、絶対にその名前を口に出すな」
拳を壁に押し当てたままエウスは少年を厳しく睨みつける。
「な……なんでだよ!」
「お前が知る必要はない!」
エウスが一度息をついた。
「言うことを聞かないなら、さっきとは比べものにならないほど痛い目にあうぞ」
口調こそ軽く形作ってはいるものの、視線はまるで戦場のものだ。アーロスは口を開きも、うなずきもせずに立ちすくんでいた。
エウスの視線がゆっくりと動いた。意志の強い青い目がギュミルとかち合う。
「……連れていくぞ」
「ああ」
エウスはアーロスに向き直り「……おとなしく」と低く告げてせき払いをした。
一度眉をあげ、くちびるのはしを持ち上げる。
「おとなしくしてれば、腹いっぱい飯が食えるぞ」
エウスの金の髪が光を透かしてゆれる。アーロスは首をわずかに下にむけた。うなだれているのかと思ったが、どうやらうなずいたようだ。
部屋を出るエウスを呼び止め、気になっていたことを一点たずねる。
「あの子供のことはどこまで知られている」
小声で訊いたギュミルよりもはるかに注意深く、エウスは彼の耳元で端的に告げた。
「存在は騎士全員が。居場所は隊長だけが」
「わかった」
ならば、立場としては一騎士でありながらニィカの居所を知っているギュミルは、特殊な立ち位置にいるということだ。つまり、黒梟隊の一員としての日常と変わりない。
ギュミルはそう結論づけた。
訓練場で剣を振るっていると王からの呼出があった。なかば予想はしていたことだ。
用件は思ったとおりニィカに関することだった。
「まずは、ニィカ=アロアーラを連れ戻した功を称えよう」
「身に余る光栄でございます」
そう答えながらもギュミルは油断していなかった。「まずは」と言うならば、次があるはずだ。
「最も重要なのは、あの娘がここリヒティアの地にいるということだ。ただ、それ以外を全く蔑ろにするわけにもいかぬ。説明をせよ。ユーリンガーが一昨日に連れてきたあの青年は何者か。そなたが少年を共に連れてきた理由はなにか。かのイセファーの地で何が起きたのか」
ギュミルは内心で嘆息した。
自身も全容を把握できていないことをはじめにことわり、ギュミルはぽつりぽつりと語った。
国王は時折短く相槌を打つほかは、ただその報告を聞いていた。
「……以上でございます」
「なるほど。ニィカ=アロアーラのほか二人は同時に帰して問題あるまいな」
「おそらくは。たがいに見知った仲か、と……」
そこまで答えたところで胸に引っかかりを覚えた。
「ギュミル」
いぶかしげな国王の声。ギュミルは迷った末、疑問を口に出すことにした。
「陛下。その二人……、ユーリンガーが連れてきた青年と私が連れてきた少年のほか、イセファーの人間がここにいるということは……」
「いや、二人だ。ニィカ=アロアーラは数えまいな」
それがなにか、と国王が問う。
「……いえ。失礼いたしました」
なにかが胸にわだかまっている。しかしそれが何なのかをつかみ取ることはできなかった。
最後に国王から命が下された。
「ニィカ=アロアーラが戻ったとあれば、彼らに用はない。早急にイセファーへ送り届けよ」
「……私がでございますか」
「無論だ。ユーリンガーよりそなたのほうが適任であろう」
ギュミルはしぶしぶと了承した。
「かの青年の居所をうかがってもよろしいでしょうか、陛下」
「地下だ」
あるかなしかの間を置いて、ギュミルは再び答えた。
「承知いたしました」
立ち上がり、歩き出す。その動きに灯し火がゆらめいた。




