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ニィカ!  作者: 稲見晶
第三章 威光の都リヒテシオン
62/115

62. 騎士と少年

 王城へ着いて事情を告げるや否や、修道院長が飛んで来た。

「ああ、よくぞご無事で……。さあ、こちらへ」

 ニィカはこくりとうなずく。彼女を呼び止めようと伸ばされたアーロスの手は、ギュミルが押さえた。

「ニィカ、行くなよ! なんなんだよ!」

 ギュミルは暴れる彼の体をつかまえる。馬車を出る前に、ニィカは一度振り返った。

「……バイバイ、アーロス」

 静かに告げられた別れに、アーロスが虚をつかれた表情を浮かべる。

「ニィカ……」

 その声には応えず、黒髪のおさげが消える。


 ニィカの姿が見えなくなり、アーロスは座席の上で頭を抱えた。

「くっそお……」

 歯の隙間から苦い声が漏れる。傷口を覆うために巻かれた布をぐしゃりとつかむ。

「お前はこっちだ」

 彼の扱いを決めあぐねていたが、ひとまずは兵舎の治療室に連れていくことにした。

 もうほとんど形式的な手当てになるだろうが、包帯のひとつでも巻いておけば面目は立つだろう。

 車輪の音の隙間に、少年の毒づく声が埋まった。


 兵舎の中で、アーロスは少なからず目を引いた。ちょうど訓練の終わる頃合いと重なったのも影響していただろう。

「なんだ、入隊志望か?」

「まさかお前の子供じゃないよな、ギュミル」

「そんなはずがあるか」

 不機嫌なギュミルの返答に、どっと笑いが起こる。

「何年か鍛えれば使い物になりそうじゃないか」

「槍は使ったことあるか? 剣は?」

 アーロスは物珍しげな視線に臆さずに、牙をむいて騎士たちを威嚇した。

「うるせえ! 早く帰せよ! オレたちも、ニィカも!」

「ニィカ?」

 ひとつの声が聞き返す。聞きとがめられたことにギュミルは顔をしかめる。あの子供のことは固く口止めをされていたのだが。もっとも、今となっては公然の秘密になっていたとしても驚かない。


「女の子の名前だな。君はもうだれかの騎士なのかい?」

 後ろからぬっと大柄の男が現れた。第三兵隊長のコーデンだった。今は片手用の戦斧を肩にかついでいる。

 彼ならば事情を知っているはずだ。ギュミルは彼が話題の矛先を逸らしてくれたことに気付き、会釈をして礼を示す。

 コーデンはすこし笑って目配せを返した。


 コーデンの思惑通り、騎士たちはこぞってアーロスをひやかしていた。

「チビのくせに、もう相手がいるのか? うらやましいな」

「お前もうかうかしてられないな、ミッグ」

「もしかしてそれ、彼女を守った名誉の負傷か?」

 ひゅう、と口笛。

「うっ……、うるせえ!」

 アーロスは顔を真っ赤にしてどなった。ただ、その反応はかえって騎士たちを面白がらせるだけだった。

「どうやら図星だぞ」

「今晩は新入りの武勇伝を聞かないとな」

「食堂にも来いよ、チビ」

「うまかないが量はあるからな」

 口々にアーロスをからかいながら、騎士たちは着替えに去って行った。


 最後にコーデンがゆったりとギュミルたちとすれ違う。

「コーデン殿……、すまない。助かった」

「あの、恩寵の御子がらみだろう?」

「ああ」

 彼には隠すこともないだろう。


「この子は御子じゃないな。女の子には見えない」

 笑いを含んだ声でコーデンが言う。

「あいつは修道院だ」

「そうか、戻ってきていたのか」

 アーロスの頭上で交わされる会話。

「おい、斧のおっさん」

「俺かい」

 柔和な目がアーロスを見下ろす。

「余計なこと言いやがって」

「ああ、君があの子の騎士だってことかい?」

「だ、だまれ!」

「いいじゃないか。守るものがあれば強くなれる」

「ちげえってば!」

 むきになって言い返すアーロス。

 コーデンはハハ、と笑って「それじゃ、俺も行くよ」とその場を後にした。


 今日のところは、アーロスは兵舎で預かることとなった。

「飯、食いにいくか」

 騎士たちに会うのを嫌がるかもしれないと思って聞いてみた。

 アーロスはきっぱりとうなずいた。


 食堂でもアーロスは娯楽に飢えた騎士に話しかけられていた。ただ、今度はアーロスは山盛りの肉とキャベツに没頭していた。

 その様子はさながら骨を与えられた犬を思わせた。ギュミルは少年にも周りの騎士たちにもほとんど注意を払わず、ジョッキに満たされた麦酒をあおっていた。


 アーロスはキャベツを何枚も丸めて口に詰めこみ、あごを動かしながらもごもごと言う。

「……おい」

「なんだ? もっと食うか?」

 ひとりの騎士が羊のあばら肉の乗った皿を引き寄せる。キャベツを喉に押しやってアーロスは続ける。

「毎日、こんな……、肉とか、食ってんのか」

「そうだな。たいてい焼くかゆでるかしただけのやつだから、飽きるけどな」

 わずかにアーロスが眉を寄せた。ただ、その表情に気づいた者はいなかった。

「お前も騎士団に入るか? 食うにはこまらないぜ」

「こんなチビ、役に立つかよ」

「黒梟ならどうだ? 変人ぞろいだしちょうどいいかもしれん」

「そりゃあいい!」

 無遠慮な笑い声が響く。ギュミルは淡々とそれを聞き流した。


「おい、チビすけ?」

 騎士は声をかけようとして言葉に詰まった。

 アーロスは黙って食べ物を口に運んでいた。その姿には、どこか鬼気迫るといった雰囲気が滲む。

 しばらくためらった後、騎士たちは「あんまり食うと気持ち悪くなるぞ」とだけ告げてテーブルを離れた。


「うあー……」

 アーロスはだるそうな声をあげてベッドに寝転がる。

 不必要なことを他の騎士に告げてしまわないよう、ギュミルと同室にされていた。

「……食い過ぎだ」

 ギュミルは彼に背を向けて鎧を手入れする。

「腹いっぱい食うと、苦しくなんだな……。これまでオレ、腹減ったことしかなかった……」

 ぶつぶつと独り言を続けるアーロス。

「腹減ると、ふらふらして、目が回んだ……。おっさん、知ってたか」

 ギュミルはすこし考えて、磨いた篭手に息を吹きかけてから答えた。

「……いや」

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