61. 緘口
「おい、飯だ」
声をかけると少年は目を開けてゆっくりと身を起こした。
「アーロス、だいじょうぶ?」
ニィカの問いに、彼はしかめっ面でうなずく。ギュミルがパンと魚とを手渡すと、無言で受けとってかじりついた。
「お前も食え」
ニィカにも同じものを差し出す。
「……いらない」
とげとげしい声がこばんだ。
「食えるもんは食っとけよ」
少年の声。泣きわめいたせいか、かすれていた。
「わかった……」
ニィカはうなずき、ギュミルの手からパンを取った。大きく口を開けてかじりとる。
ギュミルは自分も腹を満たしながら、無心に魚をしゃぶるアーロスを眺めていた。
「おい、おっさん」
まるまる一尾の魚をたいらげて、アーロスが言った。
「……なんだ」
ここで腹を立てていてもしかたがない。
「おれたちをどうすんだよ」
「お前はその傷を手当てした後で帰す」
少年の目が意外そうに見開かれた。一瞬後には警戒を戻して問いただす。
「トイゴイたちも、だよな?」
聞き覚えのない名に眉を上げる。あの金髪の若い男のことを言っているのだろうか。
確認しようと口を開きかけたとき、ニィカが質問を重ねる。
「みんなを連れてったの、騎士さんたちだったの?」
不信を隠そうともしない声。
ギュミルはすこし考えた後に、「ああ」とだけ言った。
「……ひどい」
ニィカはほとんど口を動かさずにつぶやいた。
琥珀色の目がギュミルから離れる。視線をひざに落として、見えないとげを身にまとう。
揺れる車内の沈黙を破ったのはアーロスだった。
「ニィカは」
彼女に呼びかけたのかと思ったが、少年はギュミルを見上げている。
「ニィカは、どうなんだよ」
「……俺は知らん」
そう、確かにギュミルは知らない。
当初の予定通りロシレイへ行くか、それともこのままリヒテシオンで厳重に守られて一生を送るか。ニィカの運命がどちらであるのか、ギュミルは知らない。
イセファーへ戻ることは十中八九ないだろうが、そこまで伝える必要はないと判断した。面倒ごとをわざわざ迎え入れることもないだろう。
アーロスは今にも舌打ちをしそうな渋面をギュミルに向けた。
御者台を交替しながら馬車は街道を走りつづけた。
ニィカとアーロスは、騎士たちのいる前では頑なに口を閉ざしていた。
馬車の中の居心地はお世辞にもよいとは言えないが、子供相手に動じるのも癪だ。
ギュミルは見張りを行うあいだはどっしりと腕を組んで、ニィカの冷ややかな表情やアーロスの刺すような視線に知らぬ顔を決めこんでいた。
見聞きする限りでは、同乗している第二兵隊の騎士も、子供たちとはほとんどことばを交わしていないようだ。
結局、初日以降に会話という会話は生まれぬまま、馬車は王都リヒテシオンへ入った。