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ニィカ!  作者: 稲見晶
第三章 威光の都リヒテシオン
61/115

61. 緘口

「おい、飯だ」

 声をかけると少年は目を開けてゆっくりと身を起こした。

「アーロス、だいじょうぶ?」

 ニィカの問いに、彼はしかめっ面でうなずく。ギュミルがパンと魚とを手渡すと、無言で受けとってかじりついた。

「お前も食え」

 ニィカにも同じものを差し出す。

「……いらない」

 とげとげしい声がこばんだ。

「食えるもんは食っとけよ」

 少年の声。泣きわめいたせいか、かすれていた。

「わかった……」

 ニィカはうなずき、ギュミルの手からパンを取った。大きく口を開けてかじりとる。

 ギュミルは自分も腹を満たしながら、無心に魚をしゃぶるアーロスを眺めていた。


「おい、おっさん」

 まるまる一尾の魚をたいらげて、アーロスが言った。

「……なんだ」

 ここで腹を立てていてもしかたがない。

「おれたちをどうすんだよ」

「お前はその傷を手当てした後で帰す」

 少年の目が意外そうに見開かれた。一瞬後には警戒を戻して問いただす。

「トイゴイたちも、だよな?」

 聞き覚えのない名に眉を上げる。あの金髪の若い男のことを言っているのだろうか。


 確認しようと口を開きかけたとき、ニィカが質問を重ねる。

「みんなを連れてったの、騎士さんたちだったの?」

 不信を隠そうともしない声。

 ギュミルはすこし考えた後に、「ああ」とだけ言った。

「……ひどい」

 ニィカはほとんど口を動かさずにつぶやいた。

 琥珀色の目がギュミルから離れる。視線をひざに落として、見えないとげを身にまとう。


 揺れる車内の沈黙を破ったのはアーロスだった。

「ニィカは」

 彼女に呼びかけたのかと思ったが、少年はギュミルを見上げている。

「ニィカは、どうなんだよ」

「……俺は知らん」

 そう、確かにギュミルは知らない。

 当初の予定通りロシレイへ行くか、それともこのままリヒテシオンで厳重に守られて一生を送るか。ニィカの運命がどちらであるのか、ギュミルは知らない。

 イセファーへ戻ることは十中八九ないだろうが、そこまで伝える必要はないと判断した。面倒ごとをわざわざ迎え入れることもないだろう。

 アーロスは今にも舌打ちをしそうな渋面をギュミルに向けた。


 御者台を交替しながら馬車は街道を走りつづけた。

 ニィカとアーロスは、騎士たちのいる前では頑なに口を閉ざしていた。

 馬車の中の居心地はお世辞にもよいとは言えないが、子供相手に動じるのも癪だ。

 ギュミルは見張りを行うあいだはどっしりと腕を組んで、ニィカの冷ややかな表情やアーロスの刺すような視線に知らぬ顔を決めこんでいた。

 見聞きする限りでは、同乗している第二兵隊の騎士も、子供たちとはほとんどことばを交わしていないようだ。


 結局、初日以降に会話という会話は生まれぬまま、馬車は王都リヒテシオンへ入った。

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