6. 琥珀の瞳
水車小屋に寄り添うように佇む二軒の家。通って来た道のりが正しければ、織物職人アロア=ジンマール=タンジの住まいのはずだ。
さて、どちらを先に訪うべきか。夕闇に目を凝らすと、ギュミルから見て手前側の家の煙突から薄く煙が上がっているのが見えた。
扉の前に歩み、耳を澄ます。確かに中に誰かがいるようだ。
一度頷いて扉を叩く。
「王国騎士団黒梟隊の者だ。アロア=ジンマール=タンジの家で間違いはないか」
返事はない。再び扉を鳴らし、名乗った。
出てこないのならば待つほかはない。翌日か、翌々日か、そのくらいには水汲みか何かで外に出てくることだろう。
そう考えて扉の脇に腰を下ろそうとしたとき、ゴトゴトと何かを引きずるような音がした。油断なく注意を払う。ひと呼吸ほど置いて、ギュミルの目よりやや低い位置に取り付けられた覗き窓がカタリと開いた。
とっさに身を翻した。不意打ちへの対処は今や本能のようなものだった。
毒矢が飛び出してくるようなこともなく、代わりに「馬だ……」という子供の高い声がした。
なるほど、王都へ連れていくのはこれか。ギュミルは覗き窓の前に姿をさらす。黒熊の様相に子供が脅えるのがわかった。
慣れないながらもできる限りの穏やかな声音を作る。
「先も言ったが、もう一度言う。私は王国騎士団黒梟隊のギュミル=リヒテスという者だ」
身をかがめて覗き窓の向こうの瞳と目を合わせた。猫の目を思わせる琥珀色だ。黒いまつ毛にくっきりと縁どられている。
その瞳がまばたく。子供は「本当に?」と尋ねた。
「ああ」
目が見開かれた。ギュミルの姿に視線が注がれる。
「ねえ、じゃあ、指輪もしてるの? あの、外れないの」
彼の言葉を疑うというよりは純粋な好奇心の現れに聞こえた。ギュミルはうなずいて手袋を外し、左の親指を見せてやった。
「ほんとだ。なんで騎士さんはここに来たの?」
少し返答を考える。命令を遂行するためにはなんと言うのが最良だろうか。
「……アロア=ジンマール=タンジの子か?」
うん、と返事がある。
「彼の仕事が少し長引きそうな気配だ。幼い子を長期間一人で残すのも良くない。俺がリヒテシオンへお前を連れていくことになっている」
「リヒテシオンに行けるの? 今から?」
幼い声がはしゃいで一段と高くなる。
「いや、今はもう時間が遅い。発つのは明日だ。そして差し支えなければ今夜一晩、泊めてもらえるとありがたい」