57. 太陽の中に
「……ねえ」
やっとのことで口を開いたマルシャは堰を切ったように話しだした。
「だれに? なんで? ねえ、逃げられなかったの? どうして、ああ、そうだ、仮面は? だいじょうぶなの? ねえ、ケルーノは……」
スイはゆっくりと首を動かしつづけるだけだった。
「どうしよう。ケルーノきっとこわがってる。スイ、そいつ、どこに行ったの」
「わかんないよ。ぼくたちみんな、逃げたりかくれたりしてて……」
スイの答えに涙がまじる。「すっごくこわかったんだ。でっかくて黒くて」とか細い声でつづけた。
「むかえに行かなきゃ」
マルシャがこぶしを固くにぎる。
「だめだよ、マルシャまでつかまっちゃうよ」
「さっき逃げられたもの。きっと平気」
細い肩に怒りがみなぎる。スイが「でも」と決意をさえぎろうとしたのと、ニィカが「あたし」と新たな決意をぶつけたのは同時だった。
スイは目配せでニィカに発言をゆずった。ニィカはマルシャに負けないくらいにきつく握りこぶしをつくった。
「あたし……、やっぱり出てく。もう逃げない」
マルシャがするどい目つきをゆるめずにニィカを見据える。弱気なところを見せたら自分でもあきらめてしまいそうで、ニィカは必死にその顔を見返した。
「……でも、ニィカは逃げないと。あぶないよ」
わかっているけれど、今は聞きたくない。スイのその心配を振りはらった。
「さがしてるのは、きっとあたしのことだから。あたしが見つかれば、ケルーノだって、トイゴイだって返してくれるに決まってる。だから……」
マルシャの瞳が悲しそうにやわらいだ。決めていたはずの心がふいにゆらぎそうになる。それでも、ことばをつづける。
「だから、あたしは行かなくちゃ。……うん、だいじょうぶ。だって、あたしには『特別なもの』があるんだから。だいじょうぶだもん」
自分を懸命にはげます。
だいじょうぶ、だいじょうぶ、と心の中でくりかえし唱えて立ちあがる。
「ニィカ」
スイが腰を浮かせて手を伸ばす。触れたらまた甘えてしまいそうで、気づかないふりをした。
「……ニィカ」
マルシャの声がしたと思ったときには、後ろから抱きしめられていた。
「……ごめんね」
「ううん……」
泣いてしまいそうになるのを、黙って、息をつめて、がまんした。
マルシャの次はスイ。おずおずと手がニィカの肩にふれる。
「スイ、あたしのことこわいなら――」
一瞬だけ、痛いほどに強く抱きしめられた。腕はすぐにほどかれて、スイはふっと力の抜けたようにほほえんだ。
「もうこわくない」
つられて笑顔になると同時に、涙がひとすじ落ちる。
まばたきをして、目をこすって、それを消した。
「またね、マルシャ、スイ。ありがと」
「ねえ、ぼくも……、ぼくたちも、いっしょに行くよ」
スイが早口に言う。
もうだれかを巻きこんじゃいけない。甘えちゃいけない。だれかがあたしを探してるなら、それはあたしがどうにかしなくちゃ。
一度にそんな思いが押し寄せてきて、なにを言えばいいのか分からなくて、張りつめた表情のまま首をふった。
マルシャの指先がスイの服をつかんで引き留める。
「またね。……気をつけてね。元気でね」
しっかりとうなずいてから、ニィカはとびらを開けた。
さんさんと照る日のなかに、胸をはって足を踏みだす。




