表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ニィカ!  作者: 稲見晶
第二章 塀の町イセファー
56/115

56. もうひとり

 やっとなみだを落ちつけて、ニィカは床に放っていたパンを思いだした。

「……マルシャ、食べる?」

「うん」

 ほとんど砕くようにパンをちぎって口に運ぶ。スープもバターも何もない。走ってきたときのまま、のどはまだからからで、舌やほおの内側にすっぱいパンくずがはりついた。

 それでも空腹はおさまった。残ったパンは部屋の奥の台に置いておくことにした。


 朝と同じように、外から見えにくい窓の下に身をよせる。

「……夜になったら、水、取りに行こうね」

 ニィカの耳に口を近づけてマルシャがささやく。ニィカはこくっとうなずいた。

 おしゃべりをする気分にもなれなくて、ふたりはただ座って日がかたむくのを待った。

 

 いつのまにかうとうととしていた。ニィカとマルシャが同時に目をさましたのは、床下からの物音を聞いてだった。

 そっと顔を見合わせて、相談したかのように抜け道の出口に寄る。そこをふさぐ板の上にすわって、手のひらでもぐっと押さえつけた。

「ねえ、見つかっちゃったのかな」

 不安に駆られてマルシャにたずねる。マルシャは床下に目をこらしたまま小さく唇を動かした。

「……わかんない。でも、この道まで知ってるなんて……」

 コンコン、と軽い振動がてのひらに伝わった。口をつぐんでさらに強く床を押さえる。

 ふたたび音がした。続けて人の声のようなものが聞こえて、マルシャは這いつくばるような姿勢で床下に耳をすませた。


「えっ……」とマルシャの頭が持ち上がる。

 遠くへさけぶときのように両手を口元に当てて、うずくまる。そうして下に向けて呼びかけた。

「スイ? スイなの?」

 その名にニィカもあわてて床に耳をつけた。

「マルシャ? ニィカ、そこにいるよね」

 マルシャはちらっと視線を動かしてニィカの存在をたしかめた。

「スイ、そっちは? ほかにだれかいる?」

「ううん。ぼくだけ」

「わかった」

 うなずきあって、抜け道を閉ざす板の上からどく。

 ガタリと音がした。ぽっかりとあいた穴を見下ろすと、スイが手を伸ばしていた。


 マルシャとニィカが手伝い、スイも穴をよじ上ってきた。

 彼はひとつため息をついてひざをかかえこむように座る。

「ニィカ……、だいじょうぶだった?」

 くぐもった声。

「うん」

「……そう、よかった」

 平たい声でスイは言った。

「スイ、そっちはどう?」

 マルシャが緊張をはらんだ声音でたずねた。


 返事はしばらくなかった。ひざに顔をうずめたスイは首を横にふる。

「……スイ?」

「……ケルーノが」

 その声は震えていた。

「ケルーノが、連れていかれちゃった」

 マルシャは顔色をなくして驚きに目を見開いた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ