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ニィカ!  作者: 稲見晶
第二章 塀の町イセファー
55/115

55. 小さな獣

【※軽微な流血表現を含みます】

 行きよりも足早になって廃修道院への道を進む。

「もう、ニィカ。そんなに急がなくてもいいじゃない」

 マルシャの声の響きもどこか軽い。


 角を曲がろうとしたとき、ぬっと人影が現れた。

 とっさに飛びのいて「ごめんなさい」と横をすり抜けようとする。

「待て」

 腕をつかまれる。ニィカはびくっと身をこわばらせて男の顔を見上げた。頬骨のめだついかつい顔つき。

「ご、ごめんなさい……」

 震えるニィカの声が聞こえたそぶりも見せない。

「……まだ残っていたとはな。なれこそが恩寵の御子か」

 その口調には覚えがある。頭が思いだす前に心が恐怖に染まった。


「答えぬか。……よかろう。彼処へ連れて行けば知れることだ」

 きつく握られた腕を振りほどこうとするが、まるで伝わらない。ニィカから目を離した男は「ほう」と声をあげた。

「今日は幸先がよい。二人も子が見つかるとは」

 彼の視線の先には、おびえる目をしたマルシャがいた。

「痛い目に遭いたくなければ、大人しく此方へ来るがよい」

 男の唇の端がつり上がる。ニィカはぶんぶんと首をふってさけんだ。

「だめ、マルシャ、にげて!」

 マルシャは動かなかった。表情に敵意が燃える。


 空いていた男の左手が腰のベルトから短刀を抜いた。

「足の腱を斬られたいか?」

「やだ、やめて!」

 体をよじって男の背や腰にめちゃくちゃに挑みかかるニィカ。男は大木のように動かず、ニィカを捕らえる手がゆるむこともなかった。

「よもや友人を見捨てて逃げはしまいな?」

 マルシャは視線を落としてじゃり、と一歩足を進めた。その手は固く握られ、胸の前で重ねられている。

「うん……」

「だめだってば!」

 のどが割れるほどにさけぶ。マルシャの従順な態度に安心した男は腕を引き、短刀をおさめた。

 その瞬間、マルシャの目がぎらりと光った。


 その獣じみた表情に男が反応するより早く、マルシャは手の中のものを思いきり投げていた。

「がっ……!」

 男が両手で顔を押さえる。解放されたニィカは一瞬よろめいた後、無我夢中でマルシャの元へ駆けた。

 カランと音を立てて男の指のあいだからなにかが落ちた。とがった先端を赤く染めた陶器のかけらだった。

「おのれ……」

 だらだらと血をながす瞳が少女たちを映すよりも早く、マルシャはニィカの手を引いてその場を逃げ去っていた。


 足音や人影におびえながら、やっとのことで廃修道院へ帰りつく。

 ばたんと扉を閉めた瞬間にひざが折れた。

 なにも言えずにぜえぜえと息を切らす。

 痛いほどに気が立っていたが、どうやらあの男は追いかけてきてはいないようだ。


 頭はくらくらするし、胸はずきずきと痛む。助けてくれるものがほしくて、思わずマルシャの顔を見ていた。

 マルシャは髪を額に貼りつけてあえいでいた。

 見ているうちにゆっくりとその顔がニィカにむけられる。

「……だいじょうぶ?」

 笑顔が無理をしていた。

「うん……!」

 ニィカの目からなみだがぼろぼろとこぼれ落ちる。

 こわくて、安心して、ふがいなくて、申し訳なくて。ニィカは声を押し殺して泣いた。

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